04.22
2013年04月22日(月) キラルくん
4月22日。
今日は俺の誕生日だ。
とはいえ、平日なので仕事はしっかりある。
いつもより少し早く目を覚ました俺は朝食を終えて、出勤までの時間を蓮と一緒に部屋で過ごしていた。
家を出るには早いけど、何かするには足りないくらいの残り時間なので、ベッドに寝っ転がって
コイルでニュースをチェックしたりしてみる。
コイルを見ながら体勢を変えようとして、背中がぴりっと引き攣るような感じに顔をしかめた。
「あ~……」
昨日は新製品の予約開始日で、配達も行かずにずっとカウンターに座って電話応対してたから、
ちょっと肩が凝ってるみたいだ。
自分で肩を揉もうとして、ふとあることを思い出した。
そういえば……。
「なぁ、蓮」
ベッドに座って雑誌を読んでいた蓮が顔を上げ、俺を振り返る。
「前にさ、誕生日のプレゼントで肩叩き券くれただろ? あれってまだ有効?」
「あぁ、いつでも」
「それじゃちょっとお願いしてもいいかな」
「今か?」
「うん。ちょっと肩凝っちゃっててさ~」
俺は起き上がると、蓮へ背中を向けて座った。
蓮は戸惑っていたようだけど、雑誌を置いて俺の肩に両手をかけた。
「……このまま、肩を叩けばいいのか?」
「そうそう。軽く手を握って、拳でね」
俺の言う通り、蓮が控えめに拳で肩を叩き始める。
緩やかな振動が肩に響いてきた。
けど……、もうちょっと強い方がいいかな。
「ん~。もっと強くやっていいよ」
「痛くはないのか?」
「全然」
「……そうか」
勝手がわからないのか、蓮は困惑しながらもさっきより強い力で肩を叩いた。
ようやく凝り固まった筋肉がほぐれていくような感じがして、その心地良さに目を閉じる。
「これで合っているか?」
「ん……、もうちょっと上の方、かな」
「こうか?」
「あ、うん、そこ」
蓮はなんでも呑みこみが早いから、肩叩きもすぐにコツを覚えたみたいだ。
痛くもなく弱くもない、ちょうど良い強さの振動にうっとりする。
人に肩叩いてもらうのって結構気持ち良いよな~。
と言っても、俺はどっちかっつと婆ちゃんの肩を叩く係だから、人にやってもらったことはあんまりない。
普段は体の凝りをそんなに気にする方じゃないんだけど、たまにはこういうのもいいな。
……つか、蓮ほんとに上手いな。
これなら肩だけと言わず、背中を全体的にやってもらうのもアリかも。
「なぁ蓮。どうせならさ、他のところもやってくんね?」
「他のところ、とは?」
「今は肩だろ? 背中とか腰とかさ。俺、寝っ転がるから」
「構わないが」
「やった」
今日ぐらいは甘えてもいいよな。
俺は蓮の前でごろんとベッドに寝っ転がった。
「背中を揉めばいいのか?」
「うん、色々やってみてくれれば」
「了解」
蓮が程なくして俺の背中を揉み始める。
けど、まだ戸惑っているのか手の動きがぎこちないし、力もなんとなく弱い。
蓮の方を振り返ると、蓮は律儀に俺の隣に正座して、やりづらそうに腕を伸ばしていた。
「その体勢でやるの、つらくね?」
「確かにやりやすいとは言えない」
「もっと盛大にやってくれてもいいけど」
「だが……」
蓮は手を止めると、困ったように俺を見た。
「やりやすい体勢となると、蒼葉の上に体重を掛けるか、あるいは乗ってしまうしかない」
「いんじゃね? 別に」
「重いだろう」
「ぜーんぜん。そんなの今さら気にすんなって」
蓮は申し訳なさそうにしながらすまないと呟いて、控えめに俺の腰を跨いだ。
俺に体重を掛けまいとしているんだろう。あんまり重さを感じない。
姿勢を固定する位置を定めてから、蓮が再び背中を押し始めた。
さっきよりもしっかりとした力で俺の筋肉を圧迫する。
「どうだろうか?」
「ん、上手い上手い。気持ちい~。もっと強くしてもいいよ」
「こうか?」
「あ、いたたたた」
「……すまない」
特に凝り固まっている部分に指が入って声を上げると、蓮がすぐに手を止めた。
「少し力を入れすぎたようだ」
「違う違う。マッサージの時に痛いってのは、そこが悪いってことだからさ。重点的に揉みほぐしてもらった方が
いいんだよ」
「そうなのか?」
「そ。あんまりグリグリやられるのは痛いけど、ちょっとくらいなら全然大丈夫だから」
「わかった。やってみよう」
蓮が再び俺の背中を押し始める。
今度はいい感じの圧迫が掛かって、思わず押し出されるように声が漏れた。
「あ~……、いい」
風呂に入った時のオッサンみたいだなと思いつつ、俺の反応を伺って力の加減を変えているのか、
どんどん上手くなっていく蓮のマッサージに声が出てしまう。
血行が良くなってきたみたいで、なんだか体温も上がってきた気がする。
すごく気持ち良い。
「あ、そこ……、う……」
「…………」
「……っ、あ~……」
「…………」
「っん……、うぅ……」
体を押されるままに呻いてたら、蓮の動きがまた止まった。
心地良い夢から覚めたような物足りなさで振り返ると、蓮が居たたまれないような顔をして俺を見ていた。
唇を引き結び、何か言いたそうだ。
「……蒼葉」
「ん?」
「その、本当にこれで合っているのだろうか」
「何が?」
「マッサージというものについてだが……」
「うん、絶妙な力加減ですげー気持ち良かったけど」
「…………」
「どした?」
蓮が妙に落ち着かない様子で顔を背ける。
その横顔は、頬がほんのりと赤いように見える。
「オールメイトの時はあまり気にしたことがなかったのだが、人として接するようになると……
色々と勝手が違うことが多いな」
「? どういう意味だ?」
「計算や想定の通りには行かないということだ」
「たとえば?」
「……いや、気にしないでくれ」
「なんだよ、気になるだろーが~」
蓮がはぐらかそうとするので、ちょっと食い下がってみる。
甘えの延長で、たまにはワガママ言ってもいいよな~……、って。
あれ。
俺が誕生日ってことは、つまり蓮も……?
「あのさ。今日って蓮の誕生日でもあるんだよな?」
「確かに、そういうことになるな」
蓮はもともと俺の人格の一片なんだから、そうなるよな。
それなら俺ばっかり甘えてるワケには行かない。
「蓮、何か欲しいものとかあるか?」
「欲しいもの……」
「俺にして欲しいことでもいいし。なんか希望があるなら遠慮せず言ってみろよ」
「…………」
蓮は少し考えこむように黙ったけど、ゆっくりと首を左右に振った。
「蒼葉がそばにいてくれれば、それだけで十分だ」
「それじゃ普段と変わんねーし。たまにはワガママっつか甘えるっつーか、とりあえずなんでも言ってみろよ」
「…………」
蓮が再び黙りこみ、さっきよりも長い時間を置いてから俺を見た。
「では……。1つだけ、いいだろうか」
「うん。何?」
「蒼葉はよく俺の髪を撫でるだろう?」
「あぁ」
蓮がオールメイトだった時の癖が抜けなくて、今でもついぐしゃぐしゃやっちまうんだよな。
「俺もあれを蒼葉にしてみて……いいだろうか」
「……へ?」
「いつも蒼葉が嬉しそうにやっているから、どんな気持ちになるんだろうと興味があった」
「…………」
冗談かと思ったら、蓮の顔はいたって真剣そのものだ。勇気を出して言ってみました感が溢れている。
つか……
まさかそんな返事が来るとは思ってなくて、俺はちょっと面食らった。
俺がぐしゃぐしゃ撫でる時、蓮は嫌じゃないのかなーなんてたまに考えることはあったけど……
実はやってみたかったのか。
でもその程度なら何の問題もない。朝飯前だ。
「いいぜ~好きなだけグシャグシャしろよ。でも別に誕生日じゃなくても、そんなのいつでもいいんだけどさ」
「では、触ってもいいだろうか」
「はい、どうぞ」
蓮がものすごく真剣な顔で俺を見つめ、そうっと手を伸ばして俺の髪に触れた。
指先を少しだけ動かすようにして髪を掻き混ぜる。
なんだかこそばゆい。
「もっと派手にやってもいいって」
「そうか……」
今度は少し大きめの動きで髪を掻き混ぜて、蓮が動きを止めた。
髪がクシャクシャになった俺を見て、蓮は何故か感動したような顔をした。
「これは……」
「変だろ。ボサボサだし」
「いや……」
蓮が俺を見つめたまま言葉を止め、ゆっくりと続きを口にする。
「こういう状態の蒼葉も……、俺は好きだ」
「へ?」
どういう意味なのか一瞬わからず、俺は眉をひそめた。
こういう状態って、髪がクシャクシャの俺が好きってこと?
それって……どうなの?
まぁ俺も蓮の髪をよく混ぜてるから、人のこと言えねーんだけど……。
複雑な心境になりながらも蓮の顔をよく見てみると、また赤くなっている。
「蓮?」
「つまり……、髪が乱された状態になっている蒼葉はいつもと違って、可愛いと思う」
「……何言ってんだお前?」
思わずツッコんでしまった。
頭ボサボサの状態が可愛いとか言われても……。
蓮が反応するポイントがいまいちわからないけど、でもまぁいいか。
今日はコイツの誕生日でもあるんだし。
「別に誕生日じゃなくても、またやりたくなったらやっていいぜ、っと」
「……!」
言いながら、俺はニヤッと笑って蓮の髪を両手で混ぜた。
蓮の髪が見事なまでにグシャグシャになる。
「…………」
「お揃い」
そう言うと、驚いたように目を瞬かせていた蓮がすぐに笑った。
その頭を引き寄せて、額と額を合わせる。
「誕生日おめでとう、蓮」
「……誕生日おめでとう、蒼葉」
「それから……、セイも、もう1人の俺も」
「……あぁ」
蓮も、セイも、もう1人の俺も。
みんな一緒に生まれた、俺にとっての大事な存在だ。
みんながいるから、今の俺がいる。
セイも、もう1人の俺も……誕生日を喜んでるといいな。
「……ところで蒼葉。そろそろ家を出ないとまずいんじゃないか」
「え、……あ!」
時計を見て仰天する。
のんびりしてたら、いつの間にか出勤時間ギリギリになっていた。
「やっべ、行ってくる! じゃな!」
「行ってらっしゃい。気をつけて」
蓮の声を背に受けながら、俺はカバンをひっ掴んで部屋から飛び出した。
今夜は婆ちゃんのスペシャルディナーとケーキがあるから、夕飯が楽しみだ。
いつものように始まった今日と、いつもと少しだけ違う「特別」が待っているということに感謝して。
俺は通い慣れた道を走って、「平凡」へ向かった。
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イラスト:ほにゃらら
テキスト:淵井鏑