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Staff blog:スタッフ雑記帳

Lamento -BEYOND THE VOID-【Prequel 02】

2024年03月04日(月) キラルくん

■バルドの宿・昼

 1階の窓から大通りを眺めるコノエたち。通りは祭りで賑わっている。
 ライは壁に凭れている。

コノエ「うわ、すごい賑わってるな。さすが藍閃の祭りって感じだ」

アサト「一体、どこから集まってくるんだ……」

バルド「いろーんなとこからだよ」

コノエ「あ、バルド」

バルド「現にアンタたちだって今ここにいるだろう」

アサト「まあ、確かにそうだな」

バルド「はは。なんたって今日は祭りの初日だからな。みんなの期待も膨れ上がるってもんよ」

ライ「俺たちは祭りの見物に来たわけではないがな」

コノエ「ライ……」

バルド「ほう? じゃあどういうつもりで来たんだ?」

ライ「貴様に話す必要はない。こんなくだらん騒ぎに参加する気もない」

バルド「はいはい。まあどういうつもりで来ようと俺は別にかまわんがな。そういや、あの派手な仮装のお仲間さんたちは部屋へ行ったのか?」

コノエ「あぁ、そうみたいだ」

バルド「気合入った仮装だよなぁ。俺も暗冬の祭りは何度か経験してるが、あそこまで完成度が高いのは初めて見たな」

コノエ「あれは、その……、なんていうか」

バルド「うん?」

コノエ「あ、いや。……確かに、すごいよな」

ライ「……くだらんな」

 ライが凭れていた壁から起き上がる。

コノエ「あ、どこへ行くんだ?」

ライ「どこへ行こうと俺の勝手だ。というより、貴様も来い」

コノエ「え? 俺も?」

ライ「当たり前だ」

バルド「強引だねぇ」

アサト「お前、コノエに命令するな」

ライ「黙れ。……行くぞ」

コノエ「あ、うん」

アサト「コノエ、俺も行く」

 足早に出て行くライ。その後を追いかけて外へ出ていくコノエとアサト。

バルド「ふー。何が騒がしいって、あいつらが一番騒がしいな」


■バルドの宿・昼

 宿屋の2階にいる四悪魔たち。ヴェルグは窓から通りの様子を見ている。
 窓の下の通りをコノエ、ライ、アサトが歩いている。

ライ「何故貴様がついてくる」

アサト「うるさい。俺はコノエについていくだけだ」

ライ「フン、くだらんな。勝手にしろ」

コノエ「ちょっと、ライもアサトも……あっ、ライ! 待てよ!」

アサト「コノエ!」

コノエ「ライ、歩くの速いよ! ライ!」

ラゼル「……見てみろ」

ヴェルグ「ん? なんだよ」

ラゼル「猫たちが出掛けるようだ」

ヴェルグ「あー、なんか3匹でワチャワチャやってんなぁ。それにしてもすげー混みっぷりだな」

ラゼル「確かに盛大な祭りだ。熱気がここまで伝わってくるようだな」

フラウド「あははっ。すごいなぁ、これ」

 フラウドが枕を楽しそうに叩いている。

ヴェルグ「あぁ? 何やってんだよ」

フラウド「ほら、枕だよ枕。いやー、触るのはどれくらいぶりだろう~。……ん、昔よりフカフカだ! 僕が人間だった頃よりもずっと改良されてるんだね」

カルツ「…………」

ヴェルグ「……おい」

 今度はフラウドがベッドの上で飛び跳ね始める。

フラウド「あぁ、このベッドもなかなかに寝心地が良さそうだ。別に今の僕らはベッドなんて必要ないものねぇ」

ヴェルグ「おい」

フラウド「ん?」

ヴェルグ「はしゃぎすぎなんだよお前。何がそんなに嬉しいんだよ」

フラウド「だって本当に久々だからさ」

ヴェルグ「そんなの触ろうと思えばいつでも触れるだろ」

フラウド「あぁ。でもいつでも触れるからこそ、今までは触ろうとしなかった。力を奪われるなんて機会でもなければね」

ヴェルグ「けっ。前向きなやつ。……おいラゼル。さっきから窓ばっか見て何してんだ」

ラゼル「ここからだと通りがよく見える」

ヴェルグ「あぁ? そう。ふーん」

カルツ「藍閃の祭は華やかだ」

フラウド「そういえばカルツは元々猫だったんだよねぇ。人間じゃなく」

カルツ「…………、……あぁ」

ヴェルグ「そうそう。こいつは俺が……」

カルツ「黙れ、ヴェルグ」

ヴェルグ「っと。まだ根に持ってんのかぁ? 意外と粘着だよな、お前」

カルツ「…………」

フラウド「そういえばカルツが一番若いんだっけねぇ。昇華してから」

カルツ「若い、という言い方は少々違うように感じるが……」

フラウド「その次は? ラゼル?」

ヴェルグ「いや、多分俺」

フラウド「ふぅん。……あれ、ラゼルって僕よりも前かな」

ラゼル「もう覚えてはいないが、おそらくそうだろう」

フラウド「そう。なんとなく意外だね」

ラゼル「そうか?」

カルツ「……ずっと気になっていたことがあるのだが。聞いてもいいか、ラゼル」

ラゼル「なんだ」

カルツ「お前は、何かを抑えこんでいるのか?」

ラゼル「抑えこんでいる? ……どういうことだ」

カルツ「お前からはいつも穏やかな風のような感情が伝わってくる。逆に言えば、それ以上の感情の発露を感じたことがない」

ヴェルグ「……あー」

フラウド「確かに。ラゼルの魂の根源は『憤怒』だけど、それをわかりやすく感じたことはないかもしれないなぁ」

ラゼル「…………」

カルツ「ラゼル?」

ラゼル「……いや。お前たちは、この存在になる前のことを覚えているか?」

ヴェルグ「覚えてるぜ? っても俺の根源は『快楽』だからな。そのまんまだけど」

フラウド「ありとあらゆる快楽の限りを尽くした?」

ヴェルグ「正解。そんで腹上死……したかどうかまでは覚えてねーけどよ」

ラゼル「フラウドは?」

フラウド「ふふ。もちろん僕も覚えてるよ」

ラゼル「カルツもか」

カルツ「あぁ……そうだな。覚えている」

ヴェルグ「カルツのことは俺もよーーーっく知ってるぜ?」

カルツ「…………」

ヴェルグ「おーこわっ。ンな目で睨むなよ」

ラゼル「そうか。皆……覚えているのだな」

フラウド「ってことは、ラゼル。君は覚えていないのかい?」

ラゼル「…………」

ヴェルグ「そりゃおかしいな。だってこうなったきっかけだぜ? 俺たちは魂が感情に焼き尽くされて具現化した存在だ。時間経ってるせいで多少は忘れてることもあるが、全く覚えてないってこたねーだろ」

フラウド「いや。ないとは言い切れないよ」

ヴェルグ「あぁ? そうなのか?」

フラウド「たとえば……魂を焼き尽くすほどの感情が生まれた原因がとても耐えられそうにないものだった場合。それこそ、記憶を抹消したくなるほどにね」

ヴェルグ「死ぬほどつらい経験ってことか? 恨みますゥ~~~みたいな?」

フラウド「はぁ。程度が知れる発言だなぁ」

ヴェルグ「うるせぇ」

フラウド「とにかく、絶対に無いということはない。僕らのような存在であればなおさらね。でも」

フラウド「僕らはもう人間や猫たちとは違う。どんな過去があろうとも、そしてそれを覚えていようがいまいが関係ない。過去も未来も、もしかしたら今この時さえも……ね」

ヴェルグ「ハハッ、今この時も関係ねーってのはいいなぁ。まぁリークスの野郎には一杯食わされたけどよ。本来俺たちを縛るもんなんざ何もねーんだし」

ラゼル「…………」

カルツ「ラゼル?」

 窓の外から音楽が流れてくる。

呼び込みの男「さぁさぁ、間もなく芝居が始まるよ! 昔々のその昔、悲しく切ない御伽噺が始まるよ!」

ヴェルグ「へぇ、芝居か」

フラウド「面白そうだねぇ」

ラゼル「…………、この曲」

 はっとしたラゼルの足元で、炎と風が巻き起こり始める。

カルツ「ラゼル、おい……」

 そのまま、ラゼルの姿は炎の中にこつ然と消えてしまう。

ヴェルグ「なんだぁ? いきなり消えちまって。どうしたんだあの野郎」

フラウド「ふむ……」


■芝居小屋・昼

 それほど大きくはない芝居小屋。客はそれなりに入っている。
 ラゼルが姿を現す。

ラゼル「ここは……、芝居小屋か」

 聞こえてくる音楽に耳を傾けるラゼル。

ラゼル「また、この曲……。一体なんなんだ?」

呼び込みの男「さぁさぁこれから始まるは、昔々のその昔、2つ杖の御伽噺。
嘘か真かはさて置いて、悲しい英雄の物語……」


■遠い昔・とある村にて

 村に迷い込んだ手負いの獣に怯える村人たち。

村の男A「こいつ、村に迷いこんできたのか」

村の女A「ケガをして気が立ってるんだわ」

村の男B「下手に刺激すると飛び掛かってくるかもしれん」

村の女B「でも、どうしたら……」

 獣が大きく吠える。

村の男B「うわぁ!」

村の女A「きゃあああっっ!」

村の男A「こ、こうなったらもう殺すしか……!」

村の男B「誰か剣を! 追い詰めるんだ!」

村の男A「で、でも、誰が……!」

 そこへ、ラゼルが走ってくる。

ラゼル「……待ってくれ!」

村の男B「ラゼル……」

ラゼル「殺すのは早計だ。こいつは何も悪いことはしていない」

村の男A「し、しかし」

ラゼル「みんなが声を上げるから怯えてるだけだ」

 ラゼルは獣の前へ歩み寄る。
 獣が唸り、威嚇するように吠える。

ラゼル「怖がらせてすまなかった。俺たちはお前に何もしない」

ラゼル「さあ、森へお帰り。傷が癒えるまでゆっくり休むんだ」

 獣はしばらく唸っていたが、やがて歩き去っていく。

村の男B「おぉ……」

村の女B「見て、帰っていくわ」

村の男A「ラゼル……さすがラゼルだ!」

ラゼル「いや……」

村の男A「しかし最近、獣の出没が多いなぁ」

村の男B「他の村でも迷い込んでくる獣が多いらしい」

村の女A「怖いわ……何かの前触れかしら」

ラゼル「満月が近いから気が立っているのかもしれないな」

村の女B「うかつに外に出られないわね、嫌だわ」

村の男A「でも大丈夫さ。いざとなったらラゼルが追い返してくれるからな! ハハ」

ラゼル「あ……あぁ」

村の女A「頼りにしてるわね! ラゼル!」

ラゼルのもとへ走ってくる村長の娘、ファナ。

ファナ「ラゼル!」

ラゼル「……ファナお嬢様」

ファナ「ご苦労様でした。びっくりしたわ。突然ケガをした獣が村に現れて、
今にも暴れ出しそうでどうなることかと」

ラゼル「えぇ……」

ファナ「でもすごいわ。あんなにあっさりと追い払うなんて。本当にラゼルはこの村の英雄ね」

ラゼル「いえ、そんなことは……」

ファナ「まあ、うふふ。謙遜して。山賊たちに襲われた時もあなたが中心になって助けてくれたし……いつでもこの村を、村人たちを守ってくれていることに変わりはないわ」

ラゼル「ファナお嬢様も、もし村の外へお出掛けになられる際はどうかお気をつけください」

ファナ「大丈夫よ。だってラゼルが守ってくれるのでしょう?」

ラゼル「それは……もちろんそうですが……」

村長「ファナ!」

ファナ「あ、お父様」

村長「ファナ! 危ないから屋敷の中にいろと言っただろう! 獣が出たと言うのに、むやみに外を出歩いてはならん!」

ファナ「心配なさらないで、お父様。獣はラゼルが追い返してくれたの。安心していいわ」

村長「しかし、その獣がまた村へ戻って来ないとも限らん。……ファナ、私はお前の身を心配して言っているのだ」

ファナ「……わかりました、お父様。生意気を言ってごめんなさい」

村長「可愛い娘よ、わかってくれればそれでいい。ラゼルも御苦労だったな」

ラゼル「……はい」

ファナ「これからも私たちを守ってくださいね。ラゼル」

ラゼル「はい」


■ラゼルの家・夜

 家の扉を叩く音が響く。

ラゼル母「あら、こんな時間に一体誰かしら」

 ラゼルの母が扉まで歩いていき、開ける。

ラゼル母「はい」

ファナ「こんばんは」

ラゼル母「まぁ、ファナ様……!」

ファナ「突然ごめんなさいね」

ラゼル母「いえ、そんな」

ファナ「ラゼルはいるかしら?」

ラゼル母「少しお待ちくださいね。……ラゼル、ファナ様よ」

 ラゼルが扉の方へ歩み寄る。

ラゼル「ファナ様」

ファナ「ラゼル」

ラゼル「こんなところまでわざわざ……。何か、あったのですか?」

ファナ「いえ、そうじゃないのよ。ちょっと話したいことがあって」

ラゼル「話したいこと?」

ファナ「そう。今からお時間貰えるかしら」

ラゼル「えぇ、大丈夫です。……母さん、ちょっと行ってくる」

ラゼル母「わかったわ。いってらっしゃい」

ラゼルは家を出て、ファナとともに村はずれの道をゆっくりと歩く。

ファナ「ごめんなさいね。突然呼び出したりして」

ラゼル「いえ。……それで、お話というのは?」

ファナ「えぇ。……あのね、ラゼル」

ラゼル「はい」

ファナ「……私、あなたのことが好き」

ラゼル「…………」

ファナ「驚いたわよね、ごめんなさい。あなたはあまり多くの言葉を口にしないけれど、この村と村人たちをいつも守ってくれて、優しくて、強くて……」

ファナ「そんな姿を見ているうちに、私、思ったの。ラゼルは表には出さない情熱をきっと胸の内に秘めているんじゃないかって。それがどんな熱さを持っているのか……知りたいって」

ラゼル「…………」

ファナ「今ね、お父様にそろそろ結婚を考えるように言われているの。私……、私ね、ラゼル。あなたと一緒になりたい。あなたがいいの。……私と、一緒になってくれる?」

ラゼル「……ファナ様、俺は」

ファナ「今すぐ返事が欲しいってわけじゃないの。ゆっくり考えてからでもいいわ。だから」

ラゼル「いや……。すみません、俺は……。ファナ様のお気持ちは本当にありがたいです。俺にはもったいないくらいに」

ラゼル「けど、……その気持ちに応えることは、できません」

ファナ「そんな……! ……どうして? どうしてですか? 私が嫌いだから?」

ラゼル「そうじゃありません。ファナ様は本当に可愛らしくて可憐で、とても素敵な女性だと思っています。でも、それはどちらかと言えば……妹のような感覚に近い」

ファナ「妹……?」

ラゼル「はい。それに、俺には体を悪くしている母親がいます。今は母親と過ごす日々を大事にしたい。だから……お話をお受けすることはできません」

ファナ「…………」

ラゼル「本当にすみません」

ファナ「いえ、いいんです。恋愛対象として見てもらえないということなら仕方がないわ……。もう、どうしようもないじゃない」

ラゼル「……すみません」

ファナ「私、帰ります。こんなことのために時間を取ってしまってごめんなさい」

ラゼル「ファナ様」

ファナ「おやすみなさい、ラゼル。……さようなら」

 ファナが立ち去る。

ラゼル「…………」


■翌日・夕方

 村周辺の警備から戻ってきたラゼル。

ラゼル「今日も変わったことは特になし、か」

ラゼル「……ん? 村が騒がしいな」

村の男A「おい、ラゼルが帰ってきたぞ!」

村の女B「ラゼルが……!」

村の男B「ラゼル、大変だ!」

ラゼル「何かあったのか?」

村の女A「あんたの母さんが……!」

ラゼル「!? ……っ」

 ラゼルは家へ向かって走り出す。
 ラゼルの家の前にたくさんの村人たちが集まっている。
 村人たちをかき分け、家の中へ入るラゼル。

ラゼル「母さん!」

村長「……お前の母親は、もうここにはおらん」

ラゼル「村長!? いないって、それは……!」

村長「ラゼルよ、聞け。最近な、ある噂が私の耳によく飛び込んでくるようになった。どうやらこの村の中に禁忌を破って悪魔崇拝に耽る愚か者がいる、とな」

ラゼル「……?」

村長「その者の名前を聞かされた時、まさかと思ったよ。信じたくないとな。だが……どうやらそれは事実であったようだ」

村長「その噂の渦中にあったのは……ラゼル。村の英雄であるはずのお前の家だ」

ラゼル「待ってください! そんなバカな! 何かの間違いです」

村長「私ももちろんそう思った。お前を信じていた。……だがな。先ほど、奥の部屋からこんなものが見つかった」

ラゼル「これは……獣の角」

村長「表面が黒ずんでいる。血に浸し、火で炙ったあと……これは悪魔崇拝者たちの象徴とされている道具だ」

ラゼル「そんなもの、この家から出てくるはずがない!」

村長「今更何を言っても遅い。確かな証拠は今、目の前にこうしてあるのだから」

ラゼル「そんな……!」

村長「ラゼルよ。まさかお前が悪魔などに魂を売る弱い人間だったとはな……。本当に、本当に残念だ」

ラゼル「……っ、……、母さんはどこですか。どこに行ったんです」

村長「さぁな」

ラゼル「! どういうことだ!?」

村長「悪魔崇拝の徒をこの村に置いておくわけにはいかん」

ラゼル「まさか、母を……!」

村長「追放した。これも村の平穏を守るためなのだ」

ラゼル「く、……ッ、……ふざけるなっっ!!」

 激昂し、村長に掴みかかろうとするラゼル。

村長「ぐっ! 誰か、早くこいつを捕まえろ!」

 村人たちがラゼルを拘束する。もがくラゼル。

ラゼル「くそっ! 離せ! 母さんは足が弱っていて長くは歩けない体なんだ! それを、それを……!」

村長「この暴れよう……ついに本性を現したな。すでに悪魔が乗り移っているのではないか?」

ラゼル「くっ!」

村長「ラゼル、お前を悪魔崇拝の首謀者として火刑に処す!」

ラゼル「くそ……、くそ、……うああああぁぁぁぁぁっっ!!!」


■深夜・村の地下牢

 村人たちから暴行を受けたラゼルは牢に繋がれて、ぐったりとうなだれている。

ラゼル「…………」

 村長が階段をゆっくりと下りてくる。

ラゼル「……!」

村長「気分はどうだ? ラゼル」

ラゼル「……っ!」

 村長に飛びかかろうとするラゼル。ラゼルを拘束している鎖が音を立てる。

村長「おぉ、あれほど手ひどくやられたというのにまだそんな元気があるか。さすがといったところだな」

ラゼル「……ここから出せ。俺も母さんも、悪魔なんて知らない……」

村長「あぁ、そうだろうな。知っている」

ラゼル「!? どういう、ことだ……」

村長「あの獣の角もこちらで用意したものだからな」

ラゼル「……それは……」

村長「……ラゼル。この村がほしいか?」

ラゼル「……?」

村長「この村を思いのままにできる権力が欲しいんだろう?」

ラゼル「何を言って……」

村長「とぼけてもムダだ。私を殺して村長の座を奪おうと思っていたのだろう?」

ラゼル「な……!」

村長「フン。英雄と持て囃されて調子に乗りおったか。だが、そうは行かん。お前の思惑は全て筒抜けだ」

ラゼル「一体誰がそんなことを」

村長「ファナだよ。心優しいあの子は苦しそうにしながら懸命に私に打ち明けてくれた。お前の企みを、な」

ラゼル「……ファナ様……」

村長「お前、ファナとの交際を断ったそうだな?」

ラゼル「…………」

村長「可哀相に、ファナは泣いて目を腫らしながら私のところに来たよ。必死でお前への愛を伝えたが冷たくあしらわれ、果てには口汚く罵られたと」

村長「そして、偶然聞いてしまったのだそうだ。お前が私を殺してこの村を乗っ取る計画を母親に話していたところを、な」

ラゼル「……バカな」

村長「あの子はな、この世の汚いものを一切知ることなく、まっすぐ純粋に育った優しい子なのだ。お前への想いを告げたのも、きっと身を切るような覚悟の上でのことだったのだろう」

村長「それをお前は……。あの子を傷つけた罪、それがどれほど深いかわかっているのか? 加えて私への反逆の罪。ラゼルよ……お前を信じた私が愚かだった」

村長「本来なら八つ裂きにしても足りないくらいだが、私も鬼ではない。ファナの優しい気持ちも汲んでやりたい。今、目の前で謝罪するというならば少しは刑を軽くしてやってもいいぞ」

ラゼル「母は何も関係ないだろう! 俺だけ責めればいいものを、どうして母まで……!」

村長「フン。お前もこれで少しは愛する者を傷つけられる気持ちがわかるだろうと思ってな」

ラゼル「……ッ」

村長「ファナは私の愛しい愛しい一人娘だ。本来ならば親子共々火あぶりにしてやっても良かったのだが、それを寛大な処置で追放にとどめたのだ」

村長「むしろ感謝されたいぐらいだ。お前たち親子と我が愛娘とではそもそも価値が違う。比べるのもおこがましい。まあ、お前の母親がその後どうなったのかは……知らんがな」

ラゼル「……、……はっ」

村長「?」

ラゼル「はは……」

村長「何がおかしい」

ラゼル「……俺が、バカだった」

村長「ようやくわかったか」

ラゼル「あぁ。お前みたいな底の知れた人間を信じ、その村を必死で守ってきたなんて……自分自身に呆れる。まさしくバカとしか言いようがないな」

村長「貴様! ……っ」

 村長、牢の格子を蹴る。

村長「……ふん。まあいい。お前の命も明日の朝まで。業火に焼かれながら己の罪を存分に悔いるがいい」

 村長は踵を返し、石の階段を上っていく。

ラゼル「……くく、くくく。くくくくく……。……はは、はははははは……」


■火刑の日・朝

 村の真ん中ではりつけにされているラゼル。
 遠巻きに眺める不安そうな村人たち。

村の男A「ラゼル……」

村の女A「ラゼルが悪魔を崇拝していただなんて……、本当なの?」

村の男B「なんでもあいつの家から儀式に使うための道具か何かが見つかったらしい」

村の女B「そんな……。とてもそんなことをするようには見えないのに……」

村の男A「裏の顔があったってことだろ。俺たちにはわからんことだよ……」

村の女A「でも、何も死刑にしなくても」

村の男B「悪魔崇拝は重罪だ。仕方ない……」

村長「皆、聞け。このような状況を目の当たりにして驚いている者も多いだろう。ここにいるラゼルはこの村を幾度も守ってきた英雄だった。我々も彼ならばと篤い信頼を寄せてきた」

村長「それがどうしたことか、彼の中に潜む心の弱さがそうさせたのか……この男は悪魔に魂を売り渡してしまった。そうしながら平然とこの村を、村の民たちを裏切り続けてきたのだ」

 村人たちから驚きと落胆の声が上がる。

村長「その噂は以前から私の耳に入っていたが、昨日、とうとうその動かぬ証拠がこの男の家から発見された。それがこれだ」

村長「儀式に使われた痕が残る、獣の角だ」

村長「さらに、この男はあろうことか私を殺してこの村を乗っ取ろうとしていた。本当に残念な事ではあるが……悪魔崇拝と反逆の罪により、これよりラゼルを――火刑に処す!」

村長「ラゼルよ。最期に何か言い残すことはないか?」

ラゼル「…………」

村長「な、なんだ、その目は」

ラゼル「お前がそう望むなら、その通りにしてやる……」

村長「……何?」

ラゼル「聞け! 愚かな村の民よ!」

ラゼル「俺の願いは生身の肉体を失って初めて叶えられる! この魂は悪魔の従順なしもべとなり、永遠のものとなる! そうして世にはびこる大罪の子ら、…すなわち人間、貴様らを喰らい尽くすだろう!」

ファナ「ラゼル……!」

村長「ファナ、危ない、下がっていなさい!」

村の女A「そんな……ラゼル、やっぱり」

村の男A「恐ろしい! やつは本当に悪魔だったんだ!」

村の男B「悪魔だ、この男は悪魔だ!」

村長「は、早く火を! 火を放てぇ!!」

 ラゼルの足元に置かれた薪に火がつけられて、燃え上がる。

ラゼル「この炎は怒りの業火。赤く燃え上がるは俺自身の魂よ。炎は衰えることなく、この村が消滅するまで燃え続けるだろう!」

村長「く、ラゼル……!」

ラゼル「はは、ははははは! あっははははははは……!」

村の女B「きゃあああっっ!」

村の男B「呪いだ、悪魔の呪いだ!」

 ラゼルの全身を炎が包み込む。

ラゼル「はは……、は……。……、……母さん……」


■芝居小屋・昼

 ラゼル、夢から覚めたかのように顔を上げる。

ラゼル「……っ!」

呼び込みの男「……こうして英雄は罠に堕ち、炎に焼かれていったとさ。英雄の身が朽ち果てても炎は延々燃え続け、ついには村を燃やし尽くした……」

ラゼル「…………」

 芝居小屋の外に出るラゼル。

ラゼル「……、さっき見えた映像。あれは……」

フラウド「楽しかったかい?」

ラゼル「!」

フラウド「ふふ」

ラゼル「……フラウドか」

フラウド「お芝居、どうだった? ビックリしたよ。突然飛び出していってしまったからさ」

ラゼル「あれは……、あの曲が」

フラウド「曲?」

ラゼル「……弦楽器で、胸の奥底をくすぐられるような旋律だった。あの曲を聞いた途端、頭の中で何かがひらめく感じがしたのだ」

フラウド「弦楽器? そんな音、聞こえていたかなぁ? アコーディオンみたいな演奏なら聞こえるけど。……ホラ」

ラゼル「いや、違う。これじゃない」

フラウド「でも、さっきから鳴っていたのはずっとこの曲だよ? ラゼルが飛び出していった時もね」

ラゼル「……そう、なのか。では、俺が聞いたのは……」

フラウド「歌うたいの猫、かな?」

ラゼル「歌うたい?」

フラウド「そう。この世界には各地を旅して回っている歌うたいの猫たちがいる。彼らの奏でる音には、時には不思議な効力があったりするものさ」

フラウド「たとえば、沈んでしまった記憶を呼び覚ましてしまったりね」

ラゼル「…………」

フラウド「その音が君の耳には届いたのかもしれないねぇ。ところで、君が見たのは一体どんな『お芝居』だったのかな?」

ラゼル「……覚えていない」

フラウド「そう? なーんにも?」

ラゼル「あぁ。ただ、強く激しい感情を掻き立てられたような感じがする」

フラウド「ふぅん、そっか。もしかしたらそれは君の中に眠る記憶、なのかもしれないね」

ラゼル「記憶……」

フラウド「そう。憤怒の悪魔へ転化するきっかけ……とかね。けど、今の僕らには過去も未来も存在しない。必要ない」

フラウド「だから忘れてしまったところで実際には特に何の問題もないのさ。むしろ覚えていた方が邪魔になるかもしれないしね」

ラゼル「……そうだろうか」

フラウド「ふふ……。さて、僕はもう少し他のところを見て回ろうと思うよ。ラゼルはどうする?」

ラゼル「宿へ戻る」

フラウド「わかった。それじゃ、またね」

 ラゼルの足元から炎と風が巻き起こり、その姿が消える。

フラウド「うっふふ。面白い。彼がもし人間だった時に僕の前に現れていたなら、さぞ面白かっただろうなぁ。追い回していたかもしれない」

フラウド「深く傷つき、憤り、けどその記憶を消してしまわずにはいられないほど……優しかったんだなぁ。そんな彼が憤怒を司るなんて、運命とは時に僕らよりも残酷だ」

 音楽が聞こえてくる。

フラウド「あぁ、また聞こえてきた。この曲……実は僕の耳にも届いている。眠る過去を呼び起こす不思議な音色。そう、僕が見た『お芝居』は……」


■フラウドの家(地下室)・深夜

 大きな洋館の地下室。
 ベッドの上で、幼いフラウドは父親にいたぶられている。

フラウド「う、……っ、ふ、……」

フラウド「はぁ、……く、……は、……っ」

エルヴィン「……そう。それでいいんだよ」

フラウド「う……っ」

エルヴィン「そうやって人形のように大人しく、いい子にしていればいい。人形のようにね。……ふ、ふふふ」

フラウド「う、うぅ……。……父、さん……」


■フラウドの家・夕方

 仕事を終えて家に帰ってきたエルヴィン。
 夕食をご馳走しようと友人を連れてくる。

メイド「おかえりなさいませ、ご主人様」

エルヴィン「ただいま。今日は友人が一緒だ。もちろん、夕食も一緒にとるよ」

メイド「かしこまりました。上着をお預かりいたします」

エルヴィン「ありがとう」

友人「やあ、これは素晴らしい。噂はかねがね聞いていたが、まさかこんなに豪奢なお屋敷だったとはな。恐れ入った」

エルヴィン「何を言うんだ、とんでもないよ。もともと中古で売り出されていたものに手を入れただけだからね」

友人「いや、だとしても至るところに常人には及ばぬセンスが見受けられるよ。さすがはエルヴィン。仕事ぶりだけでなく私生活までも周囲の羨望の的ということか」

エルヴィン「そんな……、よしてくれ」

友人「品行方正で物腰柔らかな紳士。部下への気配りも忘れず弱音も吐かず、任された仕事は期日までに必ずやり遂げる。顔も良し、頭も良し。非の打ち所なし。……これで憧れない人間がいると言うならお目にかかりたいものだね」

エルヴィン「大げさだよ。褒めたって何も出ないぞ」

友人「大げさじゃない、君に対するごく一般的な世間の評価だ。僕は君の友人であることを心底誇りに思うよ」

エルヴィン「ははは……、照れるな。ありがとう」

 時が過ぎ、夕食が始まる。
 テーブルで語らっているエルヴィンと友人。

友人「ところで、エルヴィン」

エルヴィン「うん?」

友人「もし気に障ったら遠慮なく言ってくれて構わないんだが、……もう奥方をとる気はないのかい?」

エルヴィン「……そうだな」

友人「君に焦がれている女性はそれほど星の数ほどいる。……君の息子、フラウドはまだ幼い。私が言えたことではないが、あの子には母親が必要なんじゃないか?」

エルヴィン「……あぁ。それは私もよくわかっている。だが……。フラウドは本当によく母親に似ている。だから、どうしても……」

友人「そうか。……妹のことは今でも本当に気の毒だったと思う。君はまだ、彼女を愛しているんだな」

エルヴィン「……あぁ」

 フラウドが部屋の扉を叩く。

フラウド「……お父様。伯父様がいらしていると聞いたのですが……」

エルヴィン「あぁ、フラウドか。入っておいで」

 フラウドが扉を開けて、部屋の中に入る。

友人「おぉ、これはこれは」

エルヴィン「さあ、ご挨拶を」

フラウド「おじ様、お久しぶりです」

友人「久しぶりだね。元気にしていたかい?」

フラウド「はい」

友人「大きくなったな。ますます妹に似てきたんじゃないか」

フラウド「…………」

友人「だが……前に会った時よりも少し痩せたかな?」

フラウド「あ……」

エルヴィン「フラウドはこう見えて好き嫌いが多いんだ。ちゃんと食べるように言っているんだけどね」

友人「そうなのか?」

フラウド「あ、……はい」

友人「好き嫌いせずにちゃんと食べて、お父さんのように立派な大人にならないとな」

フラウド「……はい」

エルヴィン「そんな、子供にまでよしてくれ」

友人「いやいや、これはむしろ誇るべきことだろう。俺も君より年上だが、見習わないとな?」

エルヴィン「やめろって……」

友人「ははは」

フラウド「…………」


■フラウドの家(地下室)・深夜

 地下室のベッドに鎖で繋がれている幼いフラウドと、側に立っているエルヴィン。

エルヴィン「ふふ……。ふふふ……」

フラウド「……っ?」

エルヴィン「いや、つい思い出し笑いをしてしまった。彼の言葉があまりにもおかしくてね。さっきも笑いをこらえるのに大変だったんだ」

エルヴィン「品行方正で物腰柔らかな紳士、か。フフッ、私は周囲の羨望の的なんだそうだよ。フラウド」

フラウド「…………」

エルヴィン「無知とは幸せなことだな。同時に愚かで恐ろしい。だが、世の中には知らない方がいいこともある」

フラウド「っ……」

エルヴィン「私が彼女をまだ愛している、だと? そうだな、確かに愛しているよ。今もはっきりと目に焼きついている。真っ二つに裂かれた……彼女の体を」

エルヴィン「まだすぐそこにいるかのように思い出せるよ。恐怖に大きく見開かれた目。今にも叫びだしそうな口。その顔は命なくした後も、どうして助けに来てくれなかったのかと私を責めていた」

エルヴィン「そして、裂かれた腹からは……フラウド、お前がまるで彼女の命を吸い取ったかのように大きな声で泣いていた」

フラウド「……っ、う……」

エルヴィン「彼女のあんな顔を見たのは初めてだった。悲しくて、つらくて……恐ろしかったよ。だが、それよりもっともっと強い衝動が私の中を走り抜けた」

エルヴィン「美しいと思ったんだ。最後の命のほとばしりをとどめたかのような彼女のその姿、その表情が……何よりも美しいと」

エルヴィン「決して生前は見られなかった壮絶な姿だ。それ以来、私は彼女への本当の愛に目覚めたんだ。……フラウド」

フラウド「……っ!」

エルヴィン「お前は日に日に母さんに似てくるな。まるで生き写しだ。さあ、今日もその顔を美しく歪めてくれ。私に命の輝きを見せておくれ……」

 フラウドの首を絞めるエルヴィン。

フラウド「っう、あ……っ! お父、さ、……っ」

エルヴィン「――暴れるな。じっとしていなさい。人形のように……じっとね」

フラウド「……っ、ぐ……」

エルヴィン「そう……、いい子だ。いい子だね。そう、もっと口を開けて。もっと苦しそうに、もっと命を吐き出すように……」

フラウド「う、……っう、……」

エルヴィン「そうだ、フラウド。嬉しいよ、そんな素敵な顔を見せてくれるなんて。愛しているよ、私の大切な息子……」

フラウド「う、ぐ……っ!」

 扉の近くで物音がする。

エルヴィン「……誰だ」

メイド「……あ、……あ……」

 フラウドの首から手を離すエルヴィン。

フラウド「う、げほっ! ごほっ! げほげほっ」

エルヴィン「ここへは来るなと言っておいたはずだが」

メイド「も、物音と、ひ、悲鳴が、聞こえて……、も、申し訳ありません旦那様……!!」

エルヴィン「……お前、見ていたんだな?」

メイド「ひ……! お、お許しを……! お許しを……!」

エルヴィン「…………」

 エルヴィンがナイフを持ち、メイドの眼前へ突きつける。

メイド「ひっ!」

エルヴィン「私と息子の神聖な儀式を汚した罰だ……」

メイド「い、嫌ぁっ! やめて、来ないで! 狂ってる! こんなの狂ってるわ! 人殺し!」

エルヴィン「黙れ」

 逃げようとするが、すぐに捕まるメイド。暴れてもがく。

メイド「嫌ぁっっ!!」

エルヴィン「儀式を穢した不逞の輩には……死を」

 エルヴィン、メイドの背中をナイフで突き刺す。

メイド「きゃああああっっっっ!!!」

 メイドが倒れる。

フラウド「……!」

メイド「う……、……っ」

エルヴィン「……ふふ」

フラウド「…………」

 フラウド、ベッドから上半身を起こす。

エルヴィン「どうした? フラウド。そんなに身を乗り出して」

フラウド「……お父様」

エルヴィン「うん?」

フラウド「彼女……、喜んでるの?」

エルヴィン「喜んでる?」

フラウド「だって、ほら……あんなに目を見開いて、口も開けて、楽しそうな声まで上げて……まるでお父様に触れられている時の、僕みたい」

エルヴィン「……ふっ」

フラウド「彼女はお父様に刺されて……喜んでいるの?」

エルヴィン「そうだよ、フラウド。彼女は喜んでいるんだ。お前のように……お前の母さんのように」

エルヴィン「命が最も燃え上がる瞬間を与えられて、全身で喜びを表しているんだよ」

フラウド『――違う』

フラウド「そう、なの?」

フラウド『――違う』

エルヴィン「あぁ、そうだよ」

フラウド『――違う』

フラウド『――違う。そんなわけ、あるはずがないだろう』

フラウド『――僕はお父様の籠を破って……自由になる』


■数年後、フラウドの家(地下室)・深夜

 フラウドがエルヴィンに馬乗りになり、何度もナイフを振り下ろす。

エルヴィン「ぐああぁぁっっ!」

エルヴィン「フラウド、……お、お前……、っ」

フラウド「はぁ、はぁ、はぁ」

エルヴィン「ごぶっ、……ぐ、……」

フラウド「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

フラウド「はぁ、はぁ、……は、……はは、ははははははは」

フラウド「お父様、見てよ。お父様も同じ顔をしている。お父様に首を絞められている時の僕と、ナイフで一突きにされた時のメイドと……それから、お母様と。お父様も喜んでいるんだね」

フラウド「あぁ、でも……自分の姿は鏡がないと見えない、かぁ……。お父様には見えないんだね、あは、あはは、あはははは、ククッ、ククククク……」

フラウド「あっははははははははははは!!!!」


■さらに数年後、フラウドの自宅・深夜

 テレビだけをつけた部屋の中、ぼんやりと壁にもたれて座り込んでいるフラウド。
 周囲にはたくさんの死体がある。
 テレビ画面にはずっと砂嵐が映っている。

フラウド「…………」

■回想

女A「ねぇ、フラウド。あなたって素敵だわ。とっても紳士的で優しくて。みんなあなたを狙ってるのよ」

女A「ねぇ、もっと近くに来て。私、あなたのことが……」

男A「よぉ、元気か? またこの間の店に行こうぜ。お前がいねーとつまらなくってさ」

男A「フラウド……、その。俺、……今日、お前んちに泊まってってもいいか?」

女B「お願い、フラウド」

男B「フラウド、こっち来いよ」

女A「フラウド?」

男A「フラウド?」

女B「やめて、……やめてやめてやめて!」

男B「おい、なんだよ……、お前、どうしたんだよ!?」

女A「いや、嫌、お願い助けて!」

男A「やめろよ、おい、なんの冗談なんだよこれは!?」

女B「いや、……いやああああぁぁぁぁっっ!!」

男B「やめろ、やめ、……うわあぁぁぁぁぁっっ!!」

女A「……う、……っ、ぐ、……」

男A「がは、っ……、う、ぐぅ……」

女B「……フラ、ウド……」

男B「ど、……して……」

男A「フラウ、ド……」

■回想終わり

フラウド「…………。1人、2人、3人……、……30、31、……78、79……。うン……? もう何人……殺したかな……」

フラウド「これだけやってもまだ足りないんだ。まだ、何かが。どれだけあの瞬間を見ても心が満たされることはない。あの、命が最も輝く瞬間」

フラウド「何が足りないのか。それは明確には言い表せない。けど、自分自身のことだ。薄々気付いてはいた。この心を満たすために必要なもの。それは――」

 部屋の扉が荒々しく開かれて、刑事が飛び込んでくる。

刑事「とうとう突き止めたぞ。こんなところに……、……う」

フラウド「…………」

刑事「……ッ、これは……、全部、行方不明者の遺体か。……この、気狂いがッ」

フラウド「……クスッ」

刑事「お前を傷害、監禁、死体遺棄および殺人の容疑で逮捕する」

フラウド「……ぷ、あははっ」

刑事「何がおかしい」

フラウド「ダメ……、ダメだよ。ダメダメ。全然ダメ」

刑事「……は?」

フラウド「そんなんじゃ、それっぽっちの思いじゃ全然足りないんだ。満たされない。……完成しない」

刑事「……何を言ってるんだ」

フラウド「お父様は本当にすごかったよ。本気で僕を殺そうとして、本気で……喜んでいた。楽しんでいた。あの人が何より好きなものは、僕が死の綱渡りをして揺れているところだった」

フラウド「だから残念だなぁ。本当に。ねぇ? こんなにしても僕の望みが叶うことはなかったんだ。でも、だからといって幕引きを台無しにするつもりはない」

刑事「……?」

フラウド「ほんの少し……いや、かなり心残りだけどね。今は今の僕にできる最良の方法で物語を締めくくることにするよ」

フラウド、手にしていたナイフを自分の首元に当てる。

刑事「! お前、まさか……! おい、やめろ!」

フラウド「さようなら。カーテンコールは――なしだ」

 ナイフで自分の首を勢い良く掻き切るフラウド。

刑事「おい、誰か……! 早く救急車を――!!」


■街の大通り・昼

 カルツとヴェルグが通りを歩いている。
 というより、ヴェルグが一方的についていっている。
 どこかからかすかに音楽が聞こえてきて、ふらつくカルツ。

カルツ「……ッ」

ヴェルグ「あぁ? おい、どうした。いきなりふらついてよ。眩暈でも起こしたか?」

カルツ「……なんでもない」

 カルツが歩調を速めるとヴェルグも歩調を速め、カルツが立ち止まるとヴェルグも立ち止まる。
 溜息を吐き、再び歩き出すカルツ。

カルツ「…………」

ヴェルグ「しっかし、猫どもも結構頑張って色々やってんだなぁ」

カルツ「……おい」

ヴェルグ「演劇だ楽隊だって、祭りの祝い方が二つ杖とあんまり変わんねーもんなぁ」

カルツ「おい」

ヴェルグ「お、なんだありゃ。呪術とか魔術書系の店か? うさんくせーな、本物なんてほとんどねーくせによ」

カルツ「おい!」

ヴェルグ「んあ?」

カルツ「ついてくるな」

ヴェルグ「はぁ?? なんでだよ」

カルツ「邪魔だからだ」

ヴェルグ「別に邪魔してねーし」

カルツ「お前のそばにはいたくない」

ヴェルグ「なんで」

カルツ「それはお前が一番良く知っているだろう」

ヴェルグ「昔のことなんざいちいち覚えてたら頭がパンクしちまうしなぁ」

カルツ「……ッ」

 カルツが指先から氷を放とうとする。

ヴェルグ「おおっと。ここは猫たちの住む世界だってことを忘れんなよ。変なマネしたら目立ちまくりだぜ」

カルツ「…………」

ヴェルグ「つーかお前、どこ向かってんだよ」

カルツ「お前のいないところだ」

ヴェルグ「はいはいそうですか。だったらひとっ飛びすりゃいいじゃねーかよ」

カルツ「祭りの様子を見ながら行こうと思っていたんだ。なのにお前が勝手に」

ヴェルグ「で、どこ行くんだっつーの」

カルツ「……うるさい」

ヴェルグ「んじゃこのままついてくからなー」

カルツ「……くそっ」

 やけのように歩き出すカルツと、ゆったりとついていくヴェルグ。


■冥戯の花畑・昼

 森の中にひっそりと存在する花畑に入るカルツとヴェルグ。

ヴェルグ「あー、この花畑。ここは確かお前の……」

カルツ「…………」

ヴェルグ「懐かしいなぁ。こうしてると色々思い出すぜ。お前があのメス猫と別々に逃げて、そんで俺はお前の方に……」

カルツ「言うな!」

ヴェルグ「……ククッ。オレ的にはあん時すげー楽しかったけどな。久しぶりにワクワクする気分でよォ」

カルツ「…………」

ヴェルグ「この花さぁ、なんだっけ。なんかお前らの種族……冥戯が使う大事な花なんだろ? 儀式とかでよ」

 花を千切り、匂いを嗅ぐヴェルグ。

ヴェルグ「むはっ、鼻近づけるとすげー匂いだな。濃いィ濃いィ」

カルツ「……あの時」

ヴェルグ「あ?」

カルツ「あの時、私はどんな顔をしていた?」

 ヴェルグ、花びらをもしゃもしゃ食べる。

ヴェルグ「あの時ってどの時だよ」

カルツ「……っ、だから、……お前が私を追ってきた時の……、!? 何をしている!」

ヴェルグ「あぁ? 別に? 花食ってるだけだけど」

カルツ「やめろ! それは冥戯が儀式を執り行う時の……」

ヴェルグ「俺、猫じゃねーし。関係ねーな。つかこの花、甘いな。でも蜜とか砂糖とはちょっと違うっつーか」

カルツ「おい!」

ヴェルグ「なんだようるせーな。お前だってもう猫じゃねーんだし、ンなカリカリすんなって。なんなら食ってみろよ。ホラ」

カルツ「いい、私は……! ……っ!? ぐ、……げほっ、ごほっ!」

 花を口の中へ押し込まれるカルツ。

ヴェルグ「な? なんともねーだろ?いくらお前が元は冥戯の猫だからって……」

カルツ「……く……!」

ヴェルグ「おぉ? おい、どうした。おい、カルツ……、カルツ……」

 ヴェルグの声が遠のいていく。


■ヴェルグの過去

 気付くと闇の空間に佇んでいるカルツ。
 不思議な音楽が流れている。

カルツ「……う、……。……この音はなんだ。祭りの音か? さっき街で聞いたような……」

 カルツ、ヴェルグの過去の映像を共有することになる。
 複数の男女が絡み合う部屋の中、冷めた顔でソファに座っているヴェルグ。

カルツ「……!? なんだ……?」

女A「ウフッ、ウフフフ……」

男A「はぁ、はぁ、はぁ……」

女B「早く、早くゥ……」

男B「あぁ……、最高の気分だよ、ヴェルグ……」

女C「もっと楽しもうよォ、ねぇ、ヴェルグぅ……」

男C「あはっ、あははは……」

ヴェルグ「……」

女A「ねぇ、ヴェルグ、どうしたのぉ?」

男B「早く、こっちに……、はぁ、はぁ……」

女C「ねぇ、ヴェルグぅ……」

カルツ「……これは、一体……」

ヴェルグ「……ちっ。つまんねぇな」

カルツ「! この声は……ヴェルグ?」

カルツ「まさかこれはヴェルグの……過去? 同調したのか……」

 場面が切り替わり、恐怖に怯える女性の姿が見える。

女C「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」

女C「いや、……ひっ、やめて……!」

ヴェルグ「なんだよ、さっきまでの勢いはどうした?」

女C「やめ、……いや、……っう、うぅ……!」

ヴェルグ「誘ってきたのはお前だろ? ほら、早く俺を満足させてみろよ。ンなもんじゃ全然足りねーんだよ!」

女C「い、や、……っう、……うぅ…!」

ヴェルグ「オラ、早くやれよ。できんだろーが、あぁ?」

 場面が切り替わり、ヴェルグが喧嘩を売ってきた男を殴っている。

ヴェルグ「はぁ、はぁ、はぁ」

男「うぐ、っぐふ……」

ヴェルグ「なぁ、知ってるか? この世界はよ、這い上がったモンの勝ちなんだよ」

男「う、ごぼっ……」

ヴェルグ「上とか下とか関係なく、ねじ伏せたモンの勝ちなんだよ」

男「はぁ、っはぁ……」

ヴェルグ「お前さ、ねじ伏せる時の快感って知ってるか? 心の底からなんか湧き出て満たされるっつーかよぉ……。そりゃあもう、たまらなくイイんだぜ?」

男「ひ、ひぃっ」

ヴェルグ「男でも女でもよぉ、身も心も屈服させた時ってのは最高の気分が味わえる」

男「う、うううぅ……っ!」

ヴェルグ「こんな風にさぁ……、な? ……は、はは。……あっはははははは!」

カルツ「……感じるのは、圧倒的な暴力と征服欲。征服する者の残酷な快楽と、征服される者が全てを手放した末の抜け殻のような快楽。こんな……」

 場面が切り替わり、複数の男女が絡んでいる部屋の中に戻る。

女A「はぁっ、はっ、はぁっ」

男A「う、うう……っぐ……」

女B「早く、早くしないと……いやぁっ!」

男B「もっと……、うぅ、……もっと……ヴェルグ……!」

女C「もう、ダメ……死ぬ、……死にそう……、助けて、ヴェルグ……!」

男C「うわああぁぁっっ!!」

ヴェルグ「……あー。つまんねぇんだよ、どいつもこいつも」

 6発の銃声が立て続けに響いた後、静寂が訪れる。

ヴェルグ「やろうと思えばどんなもんでも簡単にねじ伏せることができる。暴力、セックス、ドラッグ……脳なんざ服従の快楽を叩き込めばアッサリ堕ちちまう」

ヴェルグ「簡単、簡単だ。その仕組みさえわかっちまったら、あとはただひたすらつまんねぇ現実しか残らねぇ。人間はただのブヨブヨした肉の塊で、所詮は俺も同じってことだ」

ヴェルグ「……くだらねぇな」

 1発の銃声が響く。

カルツ「もう、嫌だ……、っぐ、……これ以上は……っ」

 場面が切り替わり、幼い頃のヴェルグが現れる。

ヴェルグ「やらなければ、やられる……」

カルツ「!?」

ヴェルグ「殺さなければ、殺される」

 殴打する音がして、子供のヴェルグが倒れる。瓶が割れる音が続く。

ヴェルグ「っぐ! うぅ、……う、ぐ……」

男A「おら、どうした!? 悔しかったら向かってこいよ!!」

ヴェルグ「うう、……っう、げほ……」

男B「なんだぁ!? その目は! 生意気な目ェしやがって!」

男B「捨てられてたお前を拾ったのは誰だったか忘れたかぁ? ここまで育ててやったのは誰だと思ってるんだよ! あぁ!? この恩知らずが!」

ヴェルグ「う……」

男B「テメェなんかなぁ、ただの金食い虫なんだよ! 食うしか能がないくせによぉ? いっそのこと死んじまうかぁ?? あぁ??」

ヴェルグ「!」

男B「あぁそうだ、それがいいな。死ねよ。死んだ方が世のため人のため、何より俺のためってなぁ? 大丈夫、こいつで一発ガツンとやりゃあそれで終わりだ」

男B「できるだけ苦しまないようにやってやるからよ」

ヴェルグ「う、あぁ……、いやだ、やめて……、助けて!」

男B「へへへ、逃げろ逃げろ。そーら、行き止まりだ。もう逃げられねぇなぁ? あの世で幸せになれよ、……っと!」

男が酒瓶を振り上げる。
その男を睨みつけ、突進するヴェルグ。

ヴェルグ「……っ、……くそおぉぉっ!!」

男B「なっ!?」

 カルツの視界が暗転。
 その後、ヴェルグが倒れた男を何度も殴打する姿が浮かび上がる。

ヴェルグ「はぁ、はぁ、はぁ……。はぁ、はぁ……」

ヴェルグ「やらなければ、やられる。殺さなければ――殺される」

ヴェルグ「この世界は……上に立ったやつの勝ちなんだ」

 夢から覚めるように目を開けるカルツ。
 ヴェルグが不思議そうに顔を覗き込んでいる。

カルツ「……ッ!」

ヴェルグ「なーにやってんだぁ?」

カルツ「……ヴェルグ……」

ヴェルグ「いきなり倒れやがってよぉ。まさかとは思うが、花食ったせいか?」

カルツ「……っ、……そのまさかだろう」

 カルツ、ゆっくりと立ち上がる。

ヴェルグ「マジで? お前もうネコじゃねーのに花が効いたってのか?」

カルツ「この花の魔力がそれほど強いということだ。だからこそ、この場所は冥戯がずっと守り続けている」

ヴェルグ「ふぅん……。まぁいいけどよ。で、なんかうなされてたようだが夢でも見てたのか?」

カルツ「…………」

ヴェルグ「ん? なんだよ。何睨んでんだよ」

カルツ「……はぁ。奇妙なものだな」

ヴェルグ「だから何が」

カルツ「言いたくはないが……おそらく、お前の過去を垣間見た」

ヴェルグ「過去ぉ? オレが悪魔になる前ってことか?」

カルツ「あぁ」

ヴェルグ「それはそれは……お前にそんな趣味があったとはな。覗き見すんなよ、エッチ」

カルツ「! ふざけるな! 誰のせいでこうなったと思ってる!」

ヴェルグ「いやいや、だってなぁ……。フフン、なるほど。どーりで色っぽく喘いでたわけだ」

カルツ「! 貴様……!」

 カルツはヴェルグを睨みつけ、手のひらの上に鋭い氷を出現させる。

ヴェルグ「まあまあまあ待てって。で、どうだった? 俺の過去の感想は。エロかったか?」

カルツ「……っ。……同じなのだと、思った」

ヴェルグ「は? 何が?」

カルツ「……私もお前も」

ヴェルグ「は?? 快楽のオレ様が悲哀のお前と同じ? 種類が全然ちげーだろ。何言ってんだ??」

カルツ「そういうことじゃない。感情に違いはあれど、堕ちていくという意味では皆同じなのだと……そう感じたのだ」

ヴェルグ「は????」

カルツ「ラゼルもフラウドも、そうなのだろうな」

ヴェルグ「あいつらも? さっきから意味わかんねーんだけど」

カルツ「もういい。お前に理解など求めていない」

ヴェルグ「けっ、あーそうですか。……まあ、ただよぉ。時々思うんだよな」

カルツ「何だ」

ヴェルグ「過去も未来も関係ない、何にも捉われない俺たちこそが――本当はもっとも泥くせぇんじゃねーかって」

カルツ「…………」

ヴェルグ「だからこそ見えるもの、わかるものもあるってことなんだけどな。ま、今はンなことどーでもいいわ。つかお前は元ネコだし関係ねーか」

カルツ「……いや。……珍しく、お前の言いたいことがわかる。なんとなくだが」

ヴェルグ「ほぉ、そりゃ天変地異の前触れだな。明日ネコが降るんじゃね?」

カルツ「うるさい」

 カルツ、歩き始める。

ヴェルグ「おい、戻るのか?」

カルツ「私の勝手だ」

 カルツの後を追って歩き出すヴェルグ。

ヴェルグ「ったく。……あぁ、そうだ。あのな。お前がさっき言ってた、あの時ってやつ」

カルツ「…………」

ヴェルグ「あの時な、俺が追い詰めた時――お前、最っ高にイイ顔してたぜ。リークスも驚くんじゃないかってくらい。怒りと悲しみと悔しさと……それらが全部混ざってドロッドロになった顔。いやぁ、今思い出してもゾクッと来ちまうなぁ」

カルツ「……ッ。……二度と私に話しかけるな」

ヴェルグ「なーんだよ。お前が聞いてきたから答えてやったのに」

カルツ「黙れ」

ヴェルグ「クククッ」


■バルドの宿・夜

 バルドの宿で夕食を食べているコノエたち。悪魔たちも一緒にいる。

バルド「さ、まだまだあるぞ。じゃんじゃん食えよ?」

コノエ「……うぅ、ちょっと苦しくなってきたな……」

アサト「バルドの料理は確かにうまい。けど、量が多いな」

バルド「ちまちま作ったってしょうがねーだろ? こういうのはドサッとやっちまう方が味も良くなるってもんさ」

ライ「ただ大雑把なだけだろう」

バルド「何か言ったか?」

ライ「フン」

コノエ「そういえばフラウドたちは昼間、何やってたんだ? どこかへ行ったりしたのか?」

フラウド「うん? 僕たちも猫ちゃんたちと同じように祭を楽しんでたよ。何しろこういった騒ぎに混ざるのは本当に久々だからねぇ」

バルド「その格好、思いきり楽しみに来た! って感じだもんなぁ」

フラウド「そうそう、その通り。さっきはね、お芝居を見てきたよ」

アサト「しばい? って、なんだ?」

コノエ「えーと、なんて説明すればいいんだろう……」

バルド「役に扮する役者が様々な物語を演じる、とでも言うべきかね」

アサト「ものがたりを……?」

バルド「……わかんねーか」

アサト「それは、おもしろいのか?」

コノエ「あぁ、面白いよ」

アサト「そうか。コノエがそう言うなら、きっとそうなんだろう」

バルド「うはは、そうくるか」

ライ「さすがは奴隷。芝居も知らんとはな」

アサト「……お前……」

ライ「なんだ」

アサト「……殺す」

ライ「やってみろ。やれるものならな」

コノエ「ライ! アサトもやめろって」

ヴェルグ「奴隷たぁまたすげー呼び方だな。そういうの嫌いじゃねーけどよ」

ライ「……フン。貴様に気に入られたところで俺には何の得にもならん」

ヴェルグ「あぁ? あーあ。ったく、可愛くねーな」

フラウド「ふふ、猫ちゃんたちはいつも賑やかだねぇ」

コノエ「お芝居、どうだった?」

フラウド「うん? 面白かったよ。とーってもね」

バルド「どの演目を見たんだ? つか何やってんだっけか」

フラウド「それはね……、見た者によって感想が変わるから一概には言えないんだ」

バルド「? でもやってるもんは1つだろ?」

フラウド「そうとも言うかな」

アサト「……? どういうことだ?」

フラウド「フフフ。記憶っていうのは不思議だよねぇ。誰かの口から語られた途端、大きく様相を変えてしまう」

コノエ「? 意味がよくわからないんだけど」

フラウド「どんなに悲しく苦しい内容だったとしても、時に美談として大胆に語られたり、時にただのお話として淡々と語られたり」

フラウド「同じ物語なのに見方を変えるだけで、如何様にもなり得るものなんだよ」

バルド「まあ、確かにそうかも知れねぇけどなぁ……」

フラウド「だからかな。生きている者は未来よりも過去に捉われて身動きが取れなくなることが多い。そうなるのが嫌で忘れてしまいたくなったりね」

アサト「…………」

フラウド「猫ちゃんたちもそういう経験あるだろう? 過去なんて、あっても厄介な場合が多いのさ」

コノエ「……まるで他人事みたいに言ってるけど」

フラウド「ん?」

コノエ「アンタたちだってここにいるからには過去があるんだろう?」

ヴェルグ「おっ」

フラウド「おや」

コノエ「だったら一緒じゃないか。アンタたちも俺たちも。っていうより、過去があろうとなかろうと今ここにいるんだから、みんな同じだ」

フラウド「はは、乱暴な結論だなぁ。でも悪くない考え方だ。ねぇ? ヴェルグ」

ヴェルグ「けっ、お前ら猫と一緒にされるってのは納得行かねぇなぁ」

アサト「……でもコノエの言う通り、確かにお前たちと俺たちとの違いは角と尻尾だけだ」

ライ「……馬鹿が」

ヴェルグ「あぁ? 何言ってんだぁ? 俺たちはなぁ……」

フラウド「いいじゃないか。僕たちだって過去持つ者たちなんだから」

ヴェルグ「フン」

バルド「まーなんかよくわかんねーけど、とりあえず手が止まってるから食え。食っちまえ」

コノエ「うぅ、もうおなかいっぱい……」

アサト「お、俺もだ……」

バルド「じゃーこれならどうだ? 食えるんじゃねーか?」

コノエ「あ、これ。カディル?」

バルド「そうだ。ほいっ」

 バルドがコノエの器にシロップ漬けの果物を盛る。

コノエ「……あむっ。……うん、やっぱりこれうまいよ」

バルド「そーかそーか、そりゃよかった」

アサト「すごいな、コノエ……」

コノエ「ん?」

アサト「まだ食えるのか」

コノエ「あぁ、カディルならいくらでも入るかも。……はむっ」

アサト「見てるだけでもおなかがいっぱいだ……」

バルド「はははっ、そう言うなって。俺より若いのに。そら、アンタは揚げ木の実をもっと食え」

 バルドがアサトの器に揚げた木の実をどっさりと盛る。

アサト「う……」

バルド「さっきからぶすーっと果実水だけ啜ってるようだが……お前は何がいいんだ? ライ」

ライ「いらん」

バルド「そう言わずに何か食ったらどうだ。腹は減ってるんだろ? それとも……熱々のスープでも作ってやろうか?」

ライ「……ふざけるな」

 ライが荒々しく席を立ち、窓際へ歩いていく。

コノエ「……? ライ、何怒ってるんだ?」

アサト「別に驚くことじゃない」

コノエ「なんで?」

アサト「アイツはいつも怒っているからだ。怒っていないところを見たことがない」

 アサトの言葉に笑いそうになるのをこらえるコノエ。

コノエ「……こら、アサト」

バルド「そうそう、その通り。大正解だ。褒美にカディルも盛ってやろうな」

 バルドがアサトの器にシロップ漬けの果物を盛る。

アサト「う。……もう許してくれ。降参だ」

バルド「ははは。どうしても無理ならコノエに食ってもらえ」

コノエ「あぁ。カディルならまだ全然食べられるよ」

アサト「……コノエ。俺は本当にコノエを尊敬する」

コノエ「? そうか?」

バルド「はははは!」

ライ「……馬鹿猫どもが。一生やってろ」

 コノエたちの様子を窓際で見ているラゼルとカルツ。

ラゼル「……猫も悪魔も同じ、か。聞いたか? カルツ」

カルツ「あぁ。……不思議なものだな。今までそんな風に考えたことはなかった」

ラゼル「俺もだ。だが、確かに俺たちは今この場所で同じ時間を共有している。そう考えると、存在理由にさほど違いなどないのかも知れん」

カルツ「あれこれと難しく考えすぎる我々の方が、猫たちよりもずっと過去に捉われているのかもしれないな」

ラゼル「フッ。まさかあいつらから学ぶことになろうとはな」

カルツ「全くだ」


END

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テキスト:淵井鏑

※本エピソードは、2009年にマリン・エンタテインメントから発売された「Drama CD Lamento -BEYOND THE VOID- Rhapsody to the past」のシナリオを“淵井鏑”がWeb用に再編集したものです。