11/17・18 アニメイトガールズフェスティバル2012!!!
2012年11月16日(金) 山田外朗
09.26
2012年09月26日(水) キラルくん
この家に足を踏み入れるたび、微かな違和感を覚える。
それは、自分が生きているという事実に対してだ。
再びこの地を踏みしめてから、かなりの時間が過ぎた。
だが、外出先から帰ってきて玄関のドアを開けると、必ずと言っていいほどの違和感に一瞬、足が留まる。
そのくらい、自分が故郷に戻ってきているという現実が未だに受け入れきれずにいる。
この家はあの忌まわしい事件が起きたあとに建てたものだ。それからすぐ碧島に渡ったから、長いこと空けていた。
久々に戻ってきた時、開いたドアの隙間からよく知っている空気と匂いが静かに流れてきた。
脳裏を巡る、今も色褪せない過去の記憶。
それは自分が復讐を誓った時の無残なものではなく、家族や仲間と楽しく笑い合っていた時の穏やかな記憶だった。
懐かしい匂いはあれからずっとこの家の中に生きていた。壁や天井、家具の隅々にまでしっかりと染みついているのだろう。
記憶よりもずっと濃い匂いに包まれて、まるで出迎えられたような気分になった。
自室も出ていった時の記憶のまま、何も変わっていなかった。
まさしく時が止まったようだ。
実際、この家の時間は止まっていた。
俺が扉を開いたことで、また少しずつ進み出した。
それが良いことなのか悪いことなのかは、わからない。
だが、拒まれている空気は感じない。
少なくとも間違ってはいないのだろうと思う。
ベッドに腰掛けると、体によく馴染んだスプリングの軋みが響いた。
ゆっくりと横たわり、息を吐く。
室内を灯すランプのほのかな光に合わせて、そこかしこで影が揺れている。
その光を胸元で緩く弾いている石は、アイスクリスタルと呼ばれるものだ。
以前に誕生日を聞かれたので答えたら、今朝渡された。
今日が誕生日だということをすっかり忘れていて、それで気付いた。
というより誕生日などどうでもいいと思っているから、つくづく律儀なものだと感心する。
この石の名前は初耳だった。
何か意味があるのかと調べてみたが、最近発見されたもののようで詳しい情報は特に出てこなかった。
ただ、この時代に見つかることに謎がある石ということだった。
つまり未知の石だから、何かしら新しい可能性を秘めているのではないかと言われているらしい。
この世界に何かメッセージを投げかけているのではないかと。
アイツはその意味やルーツを知っていて、俺にこの石を寄越したのか。
いや、そうではないだろう。
アイツのことだ。「なんとなくこれがいいと思ったから」程度の理由に決まっている。
それにしても……。
「新しい可能性、か」
呟くことで、自分には似つかわしくない異質の響きだと実感する。
新しい可能性とは、新たな生。
アイツによって留められ、終わらせるはずだった命を繋いでいる今。
果たして生きていて良かったのだろうか。
この先、生きていくことも含めて。
羽音が聞こえて視線を向けると、椅子の背に留まっていたトリがこちらへ飛んできた。
俺の肩に留まり、ぶるっと体を震わせる。
『その石はもらったものか?』
「あぁ」
『なかなか似合っているな』
「……フン」
『ところで、新しい可能性とはなんのことだ?』
自分でもさほど意識していなかった呟きを拾われて、トリを横目に見る。
「聞こえていたのか」
『お前にしては珍しいことを呟いていたのでな』
「フン。この石が持つ意味のようなものらしい」
『ほう……』
トリの語尾が意味深に上がる。
「なんだ」
『以前から聞いてみたいことがあったのだが、いいか?』
「あぁ」
『少し前の話になるが……。あの時、何故蒼葉に触れた?』
「あの時?」
『プラチナ・ジェイルでの話だ。眠っている蒼葉の髪に触れただろう』
「……あぁ。お前もいたんだったな」
そんなこともあったと思い出す。
オーバルタワーへ乗りこむ前日の夜。
眠っている蒼葉の髪に、確かに触れた。
「何故だと思う? わかるか?」
逆に問うてみる。
機械には人間の感情的な考え方が理解できないとわかった上での問いだ。
『ふむ……』
トリは少し考えこむような声を漏らし、首を左右に振った。
『俺はミンクが祈るところを度々見ているが、それに近いのではないかと推測した』
「……祈り?」
言っている意味がよくわからない。
髪に触れたことと祈りの何が似ているというのか。
「どういうことだ」
『あの時のお前が蒼葉にどのような感情を抱いていたのか、そこまで特定することはできない。だが、神に祈るとは救いを求め、慈悲を請い、神への愛と感謝を捧げるためのものだろう?』
「定義としては間違っちゃいないな」
『お前にとって、蒼葉は他の人間とは違う位置付けの存在だった。それは蒼葉に対する態度や扱いを見ていてもわかる』
「…………」
『最後まで蒼葉に本心を見せなかったのはお前なりの考えがあってのことだろうが、あの瞬間だけはそうではなかったのではないか?』
「というと?」
『逆に考えてみたということだ。たとえ僅かだとしてもそんな隙が生じるほど、お前は蒼葉に何かを感じていたのではないか』
……俺は少々、オールメイトというものを侮っていたようだ。
所詮は機械だから人の心を読み解くことはできないだろうと思っていたが、意外とそうでもないらしい。
『お前をそこまで突き動かすということ。それ自体が神に祈る行為に等しいと言ったのだが』
「……機械のくせに、口だけはやたらと達者だな」
『伊達にお前のオールメイトをやっているわけではない』
「……フン」
減らず口に思わず笑いが漏れる。
「確かに、俺はアイツから俺と似た匂いを感じていた。俺は死ぬために生きるという矛盾を抱き、アイツは望まないのに相反する人格を持ち、破壊を生み出すという宿命を抱えていた」
そうすることでしか生きられない。
その思いをアイツの中に見出し、共感していたのかも知れない。
俺自身、死と復讐を決意することに迷いはなかったが、それが正しいとも思っていなかった。
俺が一族のためにできることがそれだけだったということだ。
他に道などなかった。
だが、それは俺自身の話だ。アイツには関係ない。
本当はアイツも俺の目的を遂げるための切り札として使い捨てるつもりでいた。
そう思いながら、何故か頭のどこかでアイツは死なせるべきではないとも思っていた。
俺と似た存在だと感じながら、俺とは違うのだと。
生と死を併せ持つアイツの中に、自分とは違う可能性を見出していたのか。
俺たち一族にとって、死とはそれほど恐ろしいものではなかった。
神の御下へ旅立つことが死なのだと幼い頃から教えられていたから、死は生と同等に尊いものだった。
そのせいなのか。
アイツの中に潜むあの破壊的な人格に、一種の神性を感じてもいた。
全てを跳ね除けて突き進もうとする、純粋なまでに強い自我。
俺と似ているようで、違う。
アイツは死を操ろうとしていた。
『今でもそう思うか?』
今も、アイツから自分と似た匂いを感じているのかと。
その答えは、考えるまでもない。
「アイツは自分の中の矛盾を克服したからな。ひょっとしたら俺よりすごいんじゃないか」
軽い笑い混じりに言うと、トリは答える気もなさそうに片方の翼を広げて伸びをした。
『……ふむ。色々と聞いてはみたが、やはり俺には少々難しい話だ』
「そうか?」
『あぁ。お前と蒼葉の関係性が、俺にはよくわからない』
「タワーが崩壊した時、オールメイトのお前がわざわざ俺のところへ戻ってきたのと同じようなものだ」
『どういうことだ?』
「わからなくていい」
『?』
トリが不思議そうに首を傾げる様子に、僅かに唇を笑ませる。
コイツは意外と人間臭い。自覚はないのだろうが。
以前ならば、オールメイトにそんなものは必要ないと一蹴しただろう。
今は……。
長く話して一息ついたところで、ドアの向こうから廊下を歩く足音が聞こえてきた。
足音が止まり、ゆっくりとドアが開く。
「ミンク。飯できたよ」
ドアから覗いた顔を振り返り、俺は体を起こした。
「あぁ、今行く」
ベッドから下りると、トリが羽ばたいて肩に止まった。
そのまま、ドアへ向かって足を踏み出す。
生と死の共存。
その矛盾を乗り越えた者からは、青空を渡る風のような透明な匂いがする。
まだ、生の道を歩き続けていることに対する感慨はない。
喜びの光も見えない。
だが……
まずは食卓へ続くドアから漏れる、橙色の光の中にこの爪先を浸そうと思う。
そこにあるはずの温もりに触れて、透き通った風の匂いを感じるために。
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イラスト:ほにゃらら
テキスト:淵井鏑
08.19
2012年08月19日(日) キラルくん
8月19日。
今日は紅雀が碧島へ戻ってきてから2度目の誕生日だ。
紅雀の誕生日はもともと婆ちゃんが覚えていて、昔から8月になるたびに教えてくれたから、俺も自然と覚えた。
去年に引き続き今年も祝おうってことになり、うちで婆ちゃんの手料理を食べる……はずだったんだけど、今日は紅雀の仕事終わりが遅いらしくて明日になった。
でもそれもなんか寂しいし、とりあえずプレゼントだけでも渡そうと思い、俺は紅雀の家へ行ってみることにした。
仕事が終わりそうな時間をメールで聞いたら、夜の10時くらいだと返信があった。
10時半頃ならもう帰ってるだろうと思い、俺はそのぐらいに紅雀の家へ向かった。
昼間とは別の意味で活気づく青柳通りを抜けて、喧騒の余韻を引きずる住宅街へ入る。
このへんにしちゃまぁまぁいい感じの建物の3階に、紅雀は住んでいる。
「髪結い師って儲かるのかなぁ」
俺が呟くと、肩から提げているカバンから蓮が顔を出した。
『紅雀の評判は上々のようだが』
「それなりにってことか~」
蓮とぽろぽろ話しつつ、階段を上って3階の廊下を歩き、1番奥にある部屋の前に立ってインターホンを押す。
少し待っていると、中から鍵を開ける音がした。
「はいはい、っと。おぉ、蒼葉か」
「お疲れ」
ドアが開いて、顔を覗かせた紅雀が笑みを浮かべる。
「お前もお疲れさん。上がってくれ」
「お邪魔しまーす」
大きくドアを開けてくれた紅雀の横をすり抜けて、俺は靴を脱ぐと廊下を歩いてダイニングルームへ入った。
紅雀の部屋はちょっと広めの1DKで、廊下の脇にトイレや風呂があり、その先にキッチン兼ダイニング、さらに奥が寝室になっている。
何回か来たことがあるけど、やっぱり他人の家ってのはちょっと緊張する。
持ってきた紙袋を食卓へ置いたところで、後から紅雀が入ってきた。
「そこ、座ってくれ。何か飲むか?」
「あぁ。でもその前に、これ。誕生日おめでとう」
「お、ありがてぇな」
『おめでとう、紅雀』
「蓮もありがとな」
紅雀と一緒に席につき、カバンを床に置いてから蓮を抱き上げていると、ドアの方からパタパタと音がした。
『よぉ、蒼葉に蓮。よく来たな』
羽ばたきながらこっちへ近付いてきたのは、ベニだ。
「邪魔してるよ、ベニ」
『ベニ、元気そうで何よりだ』
『おう、ゆっくりしてってくれ』
ベニが紅雀の肩に止まり、ぶるぶるっと羽根を震わせる。
紅雀は嬉しそうに紙袋を手元へ引き寄せ、ゆったりとした手つきで中身を取り出している。
その様子を眺めながら、思う。
紅雀って動作の1つ1つが何気に丁寧なんだよな。
本人の気質的に雑だったり豪快だったりしそうだけど、意外とそうでもない。
落ち着いてるっていうか、焦らないっていうか。
そういうところも仕事柄なのかな、と思ったり。
「ん? こいつはもしかして……」
プレゼントの緩衝材を剥がし、中から出てきたものを見て、紅雀は目を丸くした。
「酒……、ブランデーか。こりゃまたずいぶん高そうだな」
「せっかくだし、いいモン贈っとこうと思って。俺、酒のことそんなに知らないからさ。ヨシエさんに聞いてみたりとかしたんだけど」
「そしたら?」
「大人の男にプレゼントするなら断然これよねって」
俺がそう言うと、紅雀は可笑しそうに笑った。
「ははは、大人の男か。さすがヨシエさん、確かに良い酒だ。まぁ正直、こんな良いモン飲むにはまだ色々足りてねぇ気がするが……」
「足りてない?」
足りてないって何がだ?
酒を飲むのに何か必要なのか? まさか年齢なんて言わねーよな。
俺が不思議がってるのに気付いたのか、紅雀は少し顎を引いて俺を見つめ、口端を上げた。
「こいつぁ、早くこの酒が似合う男になれっていう蒼葉からのメッセージってことだろ?」
「…………は?」
思わず腹の底から引っ繰り返った声が出てしまった。
今の話のどこをどう受け取ったらそうなるんだ……。
「別にンなこと言ってねーけど」
「冗談だよ。でも真面目に嬉しいぜ。それじゃあ、さっそく堪能するとしますか」
紅雀が棚からグラスを取ってきて座り直し、ブランデーを開けた。
グラスにブランデーを少しだけ注いで軽く回し、舐めるように口をつける。
俺はその様子を密かに緊張して見守った。
ヨシエさんのオススメで買ってはみたけど、どうなんだろう。
ブランデーの味とか俺は全然わからないし、好みもあるだろうし……正直、ちょっと不安だ。
紅雀がグラスを口から離して、黙りこむ。
「……どう?」
真剣に聞いてみる。
しばらくして、紅雀の唇に笑みが広がった。
「美味い」
「ほんとに?」
「あぁ、お世辞じゃねぇからな?」
その言葉にほっとして、胸に溜めていた息を吐き出す。
「そっか、喜んでもらえたんなら良かった」
「本当に美味いぜ。お前も1口飲んでみるか?」
「でもそれ、結構強いんだろ?」
「そうだな。まぁお前にはちょっとキツいかもな」
「俺、そんなに酒強くねーし、やめとくよ」
俺が断ると、紅雀はグラスを片手に食卓へ肘をつき、うんうんと数回頷いた。
「ま、蒼葉は酒癖悪ィからなぁ。やめといた方がいいか」
ニヤニヤしながら言われて、ちょっとムっとする。
「別にそこまでひどくねーよ」
「いやいや、ひどいって。酔っ払ってる時だから覚えてねぇんだろうがな」
「ひどくねーから。なぁ、蓮?」
『……ひどくない、と断言することはできない』
「……おい」
『だよな~。俺も蓮に同意』
そんなに俺、酒癖悪いか?
蓮とベニにまで言われて眉を寄せると、紅雀が神妙な顔つきで俺を見つめた。
「つか、ほんとに覚えてねぇのか? 前に飲んだ時、俺にキスしてきたこととかよ」
「………………へ?」
……今なんつった?
「うそ」
「……覚えてねぇのか?」
「まじで? え? ……え??」
「すげぇ絡んできて、椅子ごと押し倒されてよ。こう、顔をがっと掴まれて、ぐぐっと」
「え…………」
そんなことしたのか? 俺が?
紅雀を……、押し倒した??
あまりのことに呆然としていたら、紅雀がいきなり口元を押さえて横を向いた。
よく見れば、その肩が震えている。
…………。
…………コイツ!
「すまん、嘘だ嘘。冗談だよ」
「~~~~~~」
俺は笑いを堪え切れていない紅雀へ向かって、梱包材の切れ端を丸めてぺしっと投げつけた。
「いって」
「お前な~」
「ほんと悪かったって。お前があんまりにも慌てるから、ついな」
「…………」
今のは結構マジでムカついた。
言っていい冗談と悪い冗談があるっての!
俺が顔を背けると、紅雀はグラスのブランデーを軽く舐めながら微かに笑った。
「蒼葉、悪かったって。機嫌直せよ」
『機嫌直せよ、蒼葉~』
……クソ。
ここでとことん無視できりゃ、俺がどんだけムカついてるかが伝わるってのに……。
しかめっ面を維持したまま、じろっと紅雀を見る。
「笑ってんなよ」
「いやな。今のお前見てたら、なんか昔のこと思い出しちまって」
「昔のこと?」
「あぁ。覚えてねぇか? 俺の誕生日を祝いたいってお前が言い出して、そんで誕生日って言えばケーキだからケーキ作るんだ! って言ってよ」
「へ……」
あったっけ、そんなの。
あったよーな、なかったよーな……。
誕生日に婆ちゃんが焼いてくれるケーキは確かに大好きだった記憶があるけど……。
「うん……?」
「お前、タエさんの手を借りずに1人でやるっつって失敗したんだよ。スポンジは焦げてしぼんでるし、生クリームは溶けて泉になってるしで」
「え、そんな……そんなん作ったっけか?」
「あぁ、よっく覚えてる。そんで俺が食うっつったら、今度はハラ壊したら困るからやめろって怒ってよ」
「また嘘じゃねーだろな?」
「じゃねぇよ」
うわぁ……。
もしほんとなら、なんかすげー恥ずかしい。
全然覚えてないしガキの頃の話なのに、自分の知らない秘密を暴かれたような気分っつーか……。
「でもな」
当時のことを思い出しているのか、紅雀が柔らかな笑みを浮かべる。
「美味かったぜ、あれ」
「……それはさすがにいくらなんでも嘘だろ」
スポンジは焦げてしぼんで生クリームが溶けてるケーキなんて、どう考えたって美味いわけない。
思わずツッコミを入れると、紅雀は茶化さずに首を横に振った。
「本当だって。お前があちこち火傷したり砂糖だの牛乳だのにまみれながら、泣きそうな顔して一生懸命作ってくれたんだ。それが不味いわけねぇだろうが」
「…………」
「ちゃんと残さず全部食ったしな。俺が美味いっつってもお前、全然信じなくてよ。料理の1番の調味料は愛情だって言うのにな?」
…………。
……また、コイツは。
どうしてこうおかしなことを次から次へと……。
もはやどんな顔をすればいいのかすらわからなくなり、俺は目を伏せて意味もなく咳払いをした。
紅雀が堂々と歯の浮くようなセリフを言うヤツだってのは知ってたけど、それにしても……。
いつも女にこんなこと言ってんのか?
だからモテるのか?
『蒼葉。愛情は目に見えないものだが、調味料となり得るのか?』
「聞かないの! つかそんな昔のこと覚えてねーし、どうでもいいから。愛情が調味料とか普通言わねーし」
「んなことねぇよ、間違ったことは言ってねぇだろ? 俺にとっちゃ大事な思い出だし、それに……」
そこで、紅雀は何か良いことを思いついたという顔で俺を見た。
「今のお前に作ってもらいてぇな。誕生日ケーキ」
「へ?」
「今だったら料理できるだろ」
「料理とケーキ作りは全然別モンだっつの」
「別に失敗したって構わねぇよ。蒼葉が俺のために作ってくれるってのが大事なんだからな」
「…………」
またなんか変なこと言ってる……。
やっぱりどうリアクションしたらいいかわからなくて、とりあえずそっぽを向いた。
なんかすごく負けた気分になるのはなんでだ……。
『いいじゃねぇか、蒼葉。減るもんじゃなし、いっちょ腕を振るってくれよ』
『蒼葉、必要ならばレシピを検索して表示するが』
「……だってよ」
蓮とベニの言葉に乗っかって、紅雀が口端を引き上げる。
「調子乗ってんなよ」
わざとぶっきらぼうに答えると、紅雀はニッコリと目を細めた素晴らしい営業スマイルを見せた。
「期待してるぜ」
「お前なぁ~~」
……けど。
まぁ、今日はコイツの誕生日だし。
1日、いや、失敗したらヘタすりゃ2日遅れになっちまうけど。
コイツが食いたいって言うんだから、しょうがないよな。
今日の主役はコイツなワケだし。
うん。
……なんて考えながら。
俺は明日、仕事の帰りにスーパーに寄っていくことにした。
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イラスト:ほにゃらら
テキスト:淵井鏑
ワンダーフェスティバル!!
2012年07月21日(土) でしゅん
おはようからおやすみまで、でしゅんですっ!
実に数カ月ぶりの雑記帳更新になってしまいました。
最近はキラルくん共々バタバタしてまして。
ドラマダも発売したのに何がそんなに忙しいのかと言うとコミケのグッズ仕込みとかコミカライズやアンソロジー、ライセンスグッズ・・・
あとこれ↓
詳しくはワンフェスの会場にてご確認頂ければと思います!!
さらに会場ではコミックマーケットで販売するセットの中からオフィシャルワークスを少しチラ見せ出来ればと思います!
まだまだ仕込み中の物もありますので、時が来た際には色々告知出来ればと思っております。
お楽しみに!!
それでは、またお会いしましょう!
でしゅんでしたっ!!
06.13
2012年07月13日(金) キラルくん
それは、俺がいつものように『平凡』で店番している時のことだった。
時刻はお昼過ぎ。
普段はほとんど客が来ないのんびりとした時間帯に、店のドアが開いた。
客か。
こんな時間に珍しいな。
そんなことを思いながら、俺は確認していた伝票から顔を上げてドアの方を見た。
「いらっしゃいま……」
そこで言葉を止めた。
ぎょっとしてドアを凝視する。
それもそのはず、店に入ってきたのは客じゃなかった。
「よぉ」
「お前……」
……ノイズ。
そこには、昼間の客以上に珍しいヤツが立っていた。
思わずぽかんとしてノイズを見つめる。
ノイズは相変わらず無愛想な態度で、俺がいるカウンターまで歩み寄ってきた。
手に何やらデカい紙袋をぶら下げている。
なんだ?
つーか何しに来たんだ?
俺はなんとも言えない気分になりながら、ノイズへあからさまな疑いの眼差しをぶつけた。
しっかり警戒しとかないと、コイツ何企んでるかほんとわかんねーからな。
……まぁ何も企んでない時もたまにあるけど、とにかく油断はできない。
「なんだよ、お前がいきなり店来るとか。何か用か?」
俺がじっとり問いかけると、ノイズは持っていた紙袋をどんとカウンターに置いた。
「……これ」
「ん? 何?」
紙袋はずいぶんぎっしりと中身が詰まっているように見える。
なんとなく持ち上げようとしてみて、驚く。
「重っ! なんだよこれ?」
「開けてみれば?」
しらっとした調子でノイズが答える。
……この言い方。ほんと通常営業だな。
わかっちゃいるけど相変わらずな口調にムッとしつつ、俺は紙袋に手を突っこんだ。
「……へ? なんだこれ……、お菓子?」
袋からガサガサと出てきたのは、山のようなお菓子だった。
キャンディ、チョコレート、ガム、パウンドケーキ、キャラメル、ラムネ……
掴み上げた指の隙間から、それらがぽろぽろと零れ落ちる。
「アンタにやるよ」
「え? なんで?」
いきなり大量のお菓子をやると言われても、全く意味がわからない。
「今日ってなんかあったっけ? 何かの記念日とか?」
「いや?」
「じゃあなんで」
「つか、別に記念とか言うほどのことでもねーんだけど」
「ってことは何かあるんだよな? 教えろよ」
ノイズにしては珍しくぼかした言い方だ。
興味をそそられて詰め寄ると、すっと視線が逸らされた。
「別にいいだろ、どうでも」
「良くない。ここまで来てそりゃねーだろ? 教えろって」
「…………」
「ほら、早く」
なんだ? 何があるんだ?
らしくないノイズの態度に、俺はちょっとワクワクしながら答えを促した。
「…………誕生日っつーか」
「へ、誕生日? 誰の」
「俺だよ」
「マジで!?」
驚いて声を上げると、ノイズがうざったそうに眉をひそめた。
「うるせーよ」
「つかお前が誕生日とか全然知らなかったし」
「教えてねーし」
「知ってたらちゃんと準備したのにさ~」
と、そこまで言ってふと気付く。
誕生日とこの紙袋。
どういう関係があるんだ?
……まさか。
「なぁ、この紙袋、これってもしかして……プレゼントって意味じゃねーよな?」
「まぁ誕生日との関係性を考えれば、そういう答えに辿り着くよな」
「いやいやいや、なんでお前がプレゼント持ってきてんだよ。おかしくね? むしろ俺があげる側だろ、この場合」
思わずツッコミを入れると、ノイズはひょいっと肩を竦めた。
「別に祝われたいとか思ってねーし」
「え、だったらこの紙袋は……」
「誕生日って、世間一般的には祝う日なんだろ?」
「あぁ、まぁな」
「つまりそれってさ」
またノイズがふいっと視線を逸らす。
「生まれたヤツにとっておめでたい日、喜ばしい日ってことだよな」
「おめでたい日……。なんか言い方が変だけど、まぁそうだな」
「なら、その当事者が喜ばしいマネをするってのは間違ってねーだろ」
「? 喜ばしい、マネを?」
何言ってるんだ?
ノイズの言い方がややこしくてよくわからない。
問う視線を向けると、ノイズは「わかんねーのか」と言いたげに俺を睨んで小さく溜息を吐いた。
「だから。おめでたい日の当事者の俺が誰かを喜ばせるようなマネしても間違ってねーだろっつってんだよ」
「へ? ……え?」
やっぱり何を言ってるのかすぐには理解できなくて、俺はノイズの言葉を頭の中で何度も繰り返した。
えーと。
それって、要するに……
「……お前の誕生日なのに、お前が俺を喜ばせようとしたってこと?」
「そうだよ」
「なんで」
「…………」
ほんとに意味がわからなかったので聞き返したら、今度はさっきよりも険しい目で睨まれてしまった。
「わかんねーの」
「わかんねーよ」
「俺にとっての喜ばしい日ってことなら、そういう日にアンタを喜ばせることが俺は……、……もういい。これでも食ってろ」
途中で面倒になったのか、ノイズは溜息混じりに言葉を止めると紙袋に手を突っこんだ。
飴を1つ掴み出し、俺へ向かって投げやりに放る。
「っと、なんだよ。すげー気になるな」
追求したかったけど、これ以上はノイズが本気で怒り出しそうだからやめとくか。
「ま、いいや。じゃ、お前にはこれやるよ」
気分を変えることにして、俺はお返しとばかりに紙袋から飴を取り出した。
ノイズの手に飴を押しつけようとして、動きを止める。
……そうだ。
いいこと思いついた。
顔がニヤけそうになるのを我慢して、俺はノイズに渡そうとしていた飴の包み紙を解いた。
「?」
怪訝そうにするノイズへ向けて、取り出した飴を指で摘んで差し出す。
「はい、あーん」
「!」
途端、ノイズが眉を寄せて顔を引いた。
「ふざけんなよ、何やってんだよ」
「ふっふっふー」
こういう反応が返ってくることは想定済みだ。
つーか思った通りになって楽しい。
俺は大人の余裕でにんまりと笑ってみせた。
「いいからいいから。お前、誕生日なのに自分でプレゼント買ってきちゃうとかさ、俺の立つ瀬がねーだろ。だからせめて、あーん」
「……っ」
ノイズの表情に怒りと困惑が浮かぶ。
もしかしたらマジギレされるかもと思いつつ、俺はカウンターから身を乗り出してノイズの唇に飴を当てた。
コイツのこういう顔はなかなか見られないから、ちょっと調子に乗ってる。
ノイズはしばらく人を殺せそうな目つきで俺を睨みつけて……
なんと、口を開いた。
……やった。
俺は少しドキドキしながら、薄く開かれた口の中に飴を押しこんだ。
からん、と飴が歯に当たる音が小さく響く。
「美味い?」
「……別に。つか甘い」
怒るかと思ったけど、ノイズはふてくされた顔になっただけだった。
……ヤバい。楽しい。
「そりゃ甘いだろ。素直じゃねーなぁ、もう」
内心ガッツポーズを取りたい気持ちで、俺はうんうんと数回頷いた。
なんか、ずっと懐いてくれなかった野良猫がやっと触らせてくれたみたいな心境だ。
なんだかんだで歳相応なところがあるんだよな、コイツ。
「…………」
ノイズはニヤニヤを抑えきれない俺を無言で見つめ、さっき俺へ放った飴の包みを掴んだ。
「……じゃ、アンタも」
「え?」
乱暴に包み紙を解いた飴玉が、ずいっと俺の方へ向けられる。
その目は「逃さねーぞ」という静かな気迫に満ちていた。
「ほら」
「う……」
こ、これは……
飴を口元へ差し出されて、怯む。
自分がやる側なら全然平気だけど、やられる側となると結構ハードルが高いな……。
そんな俺の思考を見抜いたのか、ノイズが口端を引き上げる。
「なんだよ、俺の時はノリノリでやったくせに」
「いや……、これってあーんする側は思った以上に恥ずかしいっつーか……」
「知らねーし。いいから早く、ほら」
……くそ。
「……あーん」
恥ずかしさを押し殺して口を開けると、ぽいっと飴が放りこまれた。
舌の上にじんわりと柔らかい甘さが広がる。
……あ、懐かしい。
そういや最近は飴ってあんまり食わなくなったよな。
昔は婆ちゃんがおやつによくくれたけど。
ガキの頃はぶどうとりんご味が好きで、よく婆ちゃんにねだったっけな。
口の中で飴を転がしながら昔を思い出してたら、ノイズが顔を覗きこんできた。
「美味いか?」
「……うん」
「そ。良かったな」
そっけなく言われる。
でも、その返事を聞いたらなんだか妙に嬉しくなってしまった。
馬鹿にするでも否定するでもなく、コイツが素直に肯定するのって珍しい。
それに、ノイズがさっき言おうとしていたことが今頃になってわかってきた。
自分の誕生日に、何故か俺へのプレゼントを持ってきたノイズ。
それって要するに……誕生日ってものをノイズなりに考えてのことだったのかな、とか。
祝われることには興味がないって言ってたけど、俺を喜ばせることがノイズにとっては嬉しいことっつーか……
だから、自分の誕生日なのに俺にプレゼントを持ってきたのかな、とか。
うぬぼれっぽいと思いつつ、多分合ってるんじゃないかって気がした。
「ノイズ」
「ん?」
「誕生日、おめでとう」
まだちゃんと言ってなかった。
俺なりの想いを込めて告げると、ノイズは少しだけ照れた顔でそっぽを向いた。
「……あぁ」
からんと、ノイズが飴玉を口の中で転がす音がする。
一緒に飴を舐めながら、俺は今日という日がますます嬉しくなって笑った。
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イラスト:ほにゃらら
テキスト:淵井鏑